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第5話「よるからあゆむ」

 時間にして夜明けから数時間後、颯真は教室にいた。


 颯真の面倒を見てくれる育ての親は、現在長期旅行で海外にいる。だから、颯真が夜出歩いたことは知らないし知りようがない。


 自宅に帰って数時間泥のように眠り、そして何事もなかったかのように登校する。

 朝の教室は相変わらずにぎやかだった。

 朝のSHRショートホームルームの前だからクラスの内外問わず中のいい生徒同士が集まり、談笑している。


 それをぼんやりと眺めながら、颯真はふわあ、とあくびを一つした。


 流石にほんの数時間程度の睡眠では睡眠不足である。ましてやあんな大立ち回りをした直後、本当なら学校を休んで家でのんびりしたいという気持ちもあったが颯真は一応は「真面目な生徒」で通っているし、それに冬希との約束がある。


「そういえば聞いた? うちの学校で【夜禁法】破った生徒が出たって話」


 不意に近くの席でそんな会話が始まり、颯真は思わず耳をそばだてた。

 情報が早い。噂というものはすぐに広まるとは知っていたが、もう噂になっているとは。


 まさか、自分のことが話題にされるのでは、と警戒した颯真が話の続きを聞こうとする。


「えーマジ? 誰よそれ」

「そこまでは知らないよ。でも、【夜禁法】は破れば捕まるんでしょ? すぐ分かるんじゃない?」

「そーねー」


 そこまで聞いてほっとする。

 自分がその現場にいたとはまだ誰も知らないようだ。高義たちが【夜禁法】に違反した挙句【あのものたち】に殺されたということはすぐに分かるだろうが、そこに自分もいて捕まることもなく生還したのは誰も気付いていない。


 もし、ここで颯真が欠席していればクラスメイトは怪しんだかもしれない。

 昨日、颯真が高義たちに絡まれていたのはクラスメイトの何人かは気付いているだろうし、いくら体調不良を理由に休んだとしても勘のいい生徒は気付くだろう。


 幸い、颯真には友人と呼べるほどのクラスメイトはいなかった。もし友人がいたら颯真に「昨日、温海に絡まれてたが大丈夫だったのか?」など質問され詰んでいたかもしれない。

 そう考えているうちにベルが鳴り、生徒たちがバタバタと自分の席に戻っていく。


 担任の教師も教室に入り、出席の点呼が始まる。

 ちら、と颯真は高義の席を見た。

 当然だが、高義の席には誰もいない。


 先生はどう説明するんだろう、と颯真が考えていると、点呼を終えた担任の教師は出席簿をパタンと閉じ、教室内を見回した。


「さて、皆さんに報告があります。昨夜、この学年で【夜禁法】を破った生徒が出ました」


 単刀直入に教師は説明する。


「このクラスからは温海君と三塚君、高木君が逮捕されています」


 その言葉にざわり、と教室がざわめく。

 やっぱり、とか温海でも、という声が聞こえるのは、やはり高義ほどの権力を持った家の人間でも【夜禁法】には敵わなかったのか、という思いがあったからか。


 しかし、実際は拘束ではなく死亡である。冬希が【ナイトウォッチ】本部に報告しているはずだからこれは情報統制が行われ、一般には逮捕という扱いで通るのかもしれない。


 実際のところ、【夜禁法】に関わる政府の情報統制は厳しい。

 何故、「夜出歩いてはいけないか」といった説明は一切されないし、逮捕情報も基本的には報道されない。逮捕者が所属する会社や学校などに通達が行く程度だ。


 そう考え、颯真はどきりとした。


 この学校内での【夜禁法】違反による逮捕は初めてではない。しかし、昨夜のことを考えると「逮捕された」というのは建前で、実際は【あのものたち】に殺されていたのかもしれない。


 それなら【夜禁法】違反による処罰が執行猶予なし無期懲役の実刑判決というのも納得できる。まさか【あのものたち】に殺されたとは言えないから、生きていた場合も社会的に死ぬレベルの刑罰を科すことで違反者の生死をうやむやにしてしまうのだ——。


 教師が言葉を続ける。


「【夜禁法】に違反することは大きな犯罪です。皆さんも、決して夜は外出しないように」


 そう言って教師がSHRを締めくくる。

 一時限目の授業が始まるまでの準備時間、教室が再び騒がしくなる。

 誰も颯真に対して何も言ってこない。


 それにほっとして、颯真は机に取り出したノートと教科書を置いた。

 そのタイミングで颯真の横に誰かが立つ。


「南、」


 そう、声を掛けられ、颯真は弾かれたように声の主を見上げた。


「瀬名……さん……?」


 そこに立っていたのは冬希だった。

 教室内が一瞬沈黙し、それから「えええええ!?」という声があちこちで上がる。


「氷のプリンセスが南に声を掛けたァ!?」


 そんな声が聞こえてきて、颯真も冬希も思わず声がした方を見る。


「……あ、すんません……」


 冬希に睨まれ、ヤジを飛ばした生徒がすごすごと引っ込む。

 それを見届け、冬希は改めて颯真を見た。


「南、」


 再び、冬希が颯真を呼ぶ。


「は、はい」


 そう答えた颯真の声が上ずっている。


「今日のお昼、屋上で待ってるから」

「——え、」


 思いもよらなかった言葉に、颯真が固まる。


「勘違いしないで。ここでは話せない話があるから屋上に来てほしいだけ」


 他のクラスメイトに聞かれないように、冬希が囁く。


「あ……うん、分かった」


 やっとのことで颯真が頷くと、冬希は「それじゃ後で」と颯真から離れていく。

 それを見送り、その後もたっぷり数分硬直した颯真は、授業開始のチャイムと共にようやくほっと息をついた。


「ほーら、みんな席に着けー」


 教師の言葉にクラスメイトがざわざわと騒ぎながら席に着く。


「今日は雑談しないぞー。といえば、このクラスから【夜禁法】破りの不届き物が出たって?」


 早速脱線した教師の話を聞き流しながら、颯真は冬希の言葉を頭の中で反芻していた。


 「ここでは話せない話がある」とは、当然、昨夜のことだろう。

 【ナイトウォッチ】が警察機能も兼ねているのなら冬希が颯真を見逃したことは大問題である。

 それとも、今は泳がせておいて後から逮捕する、とでも考えているのだろうか。


 「誰にも知られてはいけない」と冬希は言っていたが、泳がせたことで颯真が誰かに話すという可能性は考慮しなかったのか、と少し思うが、すぐにそれはないか、と颯真は考え直した。


 普段から颯真はクラスメイトと話すことはほとんどない。家に帰っても両親が長期旅行中で、親に事の仔細を説明することもない。

 冬希がそれを知っていたのかどうかは分からないが、冬希なりに「颯真はこの夜のことを誰にも話さないだろう」と思ったのかもしれない。


 いずれにせよ、昼に冬希が話したいと思っている内容は昨夜のことで間違いないだろう。


 それに、颯真も聞きたいことは色々あった。

 【あのものたち】とは一体何なのか、冬希のあの光は、自分のあの光は何だったのか、冬希は何か知っているのか、と。

 勿論、一般市民である颯真にそれらが教えられることはほとんどないだろうし、何かを教えてもらえると期待するのも無駄だろう。


 だが、あそこまで巻き込まれた以上教えてもらわなければ気が済まない、と考え、颯真は自分がそんなに何かに興味を持つ人間だったのか、とはっとした。


 確かに昔からいろんなことに興味を持って調べてきた方だ。その結果の勉強好きかもしれない。

 人間には興味はない。人間の娯楽にも興味はない。

 それでも、まだ多くの人間が知りえないことには興味がある。


 【夜禁法】の真実も、【あのものたち】も気になる。

 大したことは教えてもらえないかもしれないが、颯真は冬希が教えてくれるのなら、と考え、それから自分が冬希にも興味を持っていることに気が付いた。


 いや、興味を持っている、は語弊があるかもしれない。冬希とは言葉を交わしてみたい、と思ったことはあるのだから。

 そう考えてから、颯真は【夜禁法】のことが知りたいのではなく、「冬希が教えてくれるかもしれないから」興味を持っているのだと理解した。


 冬希が【ナイトウォッチ】というのも気になる。その口から語られる【夜禁法】や【あのものたち】のことが気になる。

 こうなったら冬希から色々教えてもらおう、そう考え、颯真は未だに雑談が続く教師の話に耳を傾けた。

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