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第3話「よるにあらがう」

「瀬名さん!?」


 尻餅をついたまま、颯真が声を上げる。

 冬希の目の前には闇が固化したような化け物【あのものたち】


 まだいたのか、という思いと大丈夫なのか、という思いが颯真の胸を交差する。

 爪を蒼白く光る刀で受け止めた冬希が小さく呻き、それから全力でその爪を払った。


「はあぁぁぁぁっ!!」


 冬希が刀を横薙ぎに振るう。蒼白い光が軌跡を描き、【あのものたち】を両断する。

 両断された【あのものたち】が明らかに人間のものではない叫び声をあげ、死体を残すことなく霧散していく。

 それは固化した闇が元の闇に戻るかのような、そんな印象を受けた。


「……」


 呆然として、颯真が冬希を、冬希が握る刀を見る。

 カーボンファイバー製の直刃の刀は、蒼白い光を纏っていた。


 高周波で振動し、それ故に光っているのだろうか、と颯真は考える。しかし、それなら刀身のみが光るだろうに、刀は冬希の腕も含めて輝いているように見える。

 それに、今、冬希は確かに【あのものたち】を両断した。


 攻撃が通用するのか?


 先ほど、殺された同級生が反撃を試みたが全く効いていた様子はなかった。

 まるで煙を掻き分けるように、何の手ごたえもなく同級生が振り下ろした鉄パイプはすり抜けた。


 そう考えると、普通に考えて刀での攻撃も同じ結果になるような気がする。

 それなのに、この蒼白く光る刀は確かに固形物を斬るかのように【あのものたち】を両断した。


 あれか、刀を包む光が何かしらの効果を持っていて、【あのものたち】に有効打を与えるのだろうか。

 それなら一体何があの刀を光らせているのだろうか、と考えていると、冬希が颯真の腕を掴んだ。


「なにぼーっとしてるの、急いで!」


 冬希に腕をひかれ、颯真が慌てて立ち上がる。


「【あのものたち】は夜の間は無限に湧いてくるから! 急いで!」


 そう、冬希が言っている間にも【あのものたち】は闇が固化するかのように姿を見せ、近寄ってくる。


「走って!」


 冬希が走り出す。今は指示に従うしかない、と颯真も手を引かれ夜のショッピングモールを走る。

 その後ろで、【あのものたち】が迫ってくるのが見えた。

 同じように、目の前でも闇が蠢き、【あのものたち】を形作る。


 挟まれた? と颯真が冬希を見ると、冬希は颯真から手を放し、刀を構え直した。


「突っ切るから! 私から離れないで!」

「う、うん」


 冬希が蒼白く光る刀を手に化け物に突進する。

 刀を振り、【あのものたち】を斬り捨て、道を拓く。

 一瞬、怯んだ様子を見せた化け物の横を通り過ぎ、二人はそのままショッピングモールの出口に向かって進んだ。


 それでもなお、迫りくる【あのものたち】、幾つもの爪が二人に向けられる。


「しつこい……!」


 忌々し気に冬希が吐き捨てる。

 颯真は今見捨てれば【あのものたち】に殺されるだけ、助けたとしても逮捕され、社会的に殺されるだけ。

 そう考えれば颯真など見捨ててこの場からさっさと離脱、仲間を連れてきて掃討に当たればいい、とも思う。

 だが、それは冬希の心が許さない。


 南は必ず助ける、と冬希は刀を構え直した。

 意識を集中させ、自分のなかに語りかける。


――私に、力を!


「【増幅Amplification】!」


 その冬希の意思と言葉に反応し、手の中の刀が光を増した。

 刀を包み込んでいた蒼白い光がまばゆく光り、まるで光でできた刀を握っているかのように見るものを錯覚させる。


「こんの――化け物がぁっ!」


 冬希が刀を一閃させる。

 光り輝く刃が、衝撃波を発生させるかのように光の刃を前方に飛ばす。

 光の刃が、次々と【あのものたち】を切り裂き、霧散させていく。


「……」


 冬希が放った光の刃に、颯真は息を呑んだ。

 なんだこの攻撃は。自分が知りえるあらゆる物理法則を無視している。


 確かに光は波動とも粒子とも言われている。

 その光を高密度に圧縮すれば、光の刃を飛ばすことは不可能ではないかもしれないが、それでも生身の人間が単身発生させられるものではない。

 それとも、自分が見たことも聞いたこともない技術が使われているのだろうか。


 自分の命も危ないかもしれないという状況にあるにもかかわらず、颯真は冬希の戦いに興味を持ってしまった。

 自分では太刀打ちできない化け物が冬希によって打ち倒されているからどこかで安心しているのかもしれない。


 それでも、颯真はもっと知りたい、と思った。

 冬希のことを。自分が知らない謎の技術を持つらしい【ナイトウォッチ】を。


 ――そして、もし可能であるならば、共に戦いたい、と。

 自分にはそんな力などないと理解しているのに、颯真はそう思っていた。


 【あのものたち】は次から次へと現れ、颯真と冬希に襲い掛かる。


「――っ、キリがない……!」


 【あのものたち】を斬り捨て、颯真を庇い前に進みながら冬希が唸る。


「大丈夫?」


 近くに落ちていた棒状の何かを拾った颯真が冬希に声をかけた。

 自分がこんな棒切れを手にしたところで冬希が【あのものたち】と呼んだ化け物に傷一つ負わせることができないのは分かっている。それでも、せめて冬希に守られっぱなしになるのではなく、少しでも自分の身を守りたい。


 先ほどから冬希は何度も颯真を庇うように【あのものたち】を斬り捨てている。

 颯真にも何となく理解できた。


 【あのものたち】は冬希を攻撃することもあるが、どちらかというと自分を狙っている、ということに。

 だからこそ自分の身は自分で守りたかったが、颯真には対抗手段が全くない。


 せめて、と棒は拾い、振り回してみたが【あのものたち】をすり抜け、何のダメージも与えられていない。

 冬希が【あのものたち】にダメージを与えることができるのは持っている武器がちゃんとしたものだからだろうか、と考えつつ、颯真は違う、と確信していた。


 冬希の攻撃の要はあの青白い光だ。刀はその光を効率よく使うための媒体だ。

 実際、冬希は刀に纏わせた光で【あのものたち】を切り裂くだけではなく、刀から光を飛ばして【あのものたち】を吹き飛ばしてもいる。


 それならあの光はなんだ、というところだが颯真にはその光の正体は皆目見当もつかなかった。

 【あのものたち】に対抗できるエネルギーであることは分かる。だが、分かるのはそれだけだ。


 そう考えて、颯真は大丈夫だろうか、と不安になった。

 無限に使えるエネルギーなど存在しない。膨大なエネルギーを放つ原子力でさえいつかは枯渇する。

 流石に原子力が【あのものたち】に通用するエネルギーとは思わない。そんなものをこんな形で使ったらまず人間が放射線で死ぬ。


 と、なると何かしらのエネルギー源があるはずだが、冬希は既に数時間は戦っている。

 数時間も戦える体力も驚きだが、それ以上に今使っている「青白い光」がいつまで持続するかが気になる。

 冬希も疲労が蓄積しているのだろう、息遣いは初めに比べて荒くなっているし、あの光を飛ばす攻撃も頻度が減っている。


 このままではエネルギーが枯渇して攻撃手段がなくなるかもしれない、と颯真は思った。

 どうすればいい。

 颯真が棒を拾って振り回したことで【あのものたち】も少し警戒したらしい。


 決定打にはならないが、全くの効果なしということではないのか、と颯真が冬希の横に立つ。


「私は大丈夫、南は安全なところへ!」


 肩で息をしながら冬希が言うが、颯真はそれを首を振ることで否定する。

 安全なところなどどこにもない。あるとしたら冬希の隣だ。

 だが、その冬希の身が危ないというのなら僕も戦う、と颯真は棒を構える。


 剣道など経験したことがないから冬希の見様見真似ではあるが、何もしないよりはマシだ。


「そう――。それなら、何とかしてこの場は切り抜ける!」


 自分を奮い立たせるかのように冬希が吠えた。

 それに合わせるかのように【あのものたち】も二人に襲い掛かる。

 颯真は冬希の邪魔にならないよう棒で【あのものたち】を牽制し、冬希が刀を振るって【あのものたち】を切り裂いていく。


 しかし、多勢に無勢、二人は徐々にとある店舗跡の隅に追いやられていった。

 冬希も疲労がピークに達しているのか、動きが鈍っている。

 そこへ、【あのものたち】の爪が振り下ろされた。


「あぶない!」


 咄嗟に、颯真が冬希を庇おうとする。


「来るな!」


 しかし、冬希はその颯真を突き飛ばし、【あのものたち】の黒い爪をまともに受け、吹き飛ばされてしまう。


「ぐ――!」


 その場に頽れる冬希。

 その腕の部分、黒い衣装がざっくりと引き裂かれ、白い素肌が見えている。


「瀬名さん!」


 突き飛ばされ、よろめいた颯真が体勢を立て直し、冬希に駆け寄る。

 怪我の様子は、と見ると爪は衣装を切り裂いた程度で、白い素肌から血は流れているもののそこまで深い傷を負っているようには見えなかった。


 吹き飛ばされた、ということ、今まで目の前で殺されて来た同級生のことを考えると、【あのものたち】の攻撃は生半可なものではないはず。


 それでもこの程度の傷で済んでいるということは防弾ベストに使われているようなアラミド繊維か、それとも刀と同じカーボンファイバーで作られた高強度の衣装なのか。


「南――逃げて!」


 颯真の手を振り払いながら冬希が声を上げる。

 このままではいけない、と立ち上がろうとするが、既に疲労が限界を迎えていた冬希は身体を起こすだけで精一杯だった。


「瀬名さん、無理しないで!」


 颯真がそう声をかけるものの、彼には戦う術がない。

 じり、と【あのものたち】がにじり寄ってくる。


 どう考えても絶望的な状況だった。

 先ほどの、【あのものたち】に切り裂かれた同級生を思い出す。


 自分たちもああなるのか。

 もう駄目だ、その思いが脳裏をよぎった時、


『諦めるのか』


 声が、聞こえた。

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