戦場から遠く離れた、王国領の迎賓館。
そこでは華やかな夜会が催され、ローリーはユスティア姫と、富豪レライエと再会した。
ローリーはユスティアのかつての恋人であったピエールについて、レライエに現状を尋ねる。
「ええ、お陰様で。忙しくしております。国葬で、あれの評判が広まったようですね」
ローリーがピエールの名を初めて知ったのは、国葬で飾られたモンテス公の肖像にピエールの署名があったからである。
「ユスティア様に執着していたようですが、まことに恐れ多いことです」
レライエは微笑む。
「野良犬同然の男が、ブレイクの姫君に求婚するなど」
ユスティアの顔が青ざめた。そんなユスティアを、レライエは見下ろす。
「幼い恋も、味わい深く良いものですが…それがブレイク王室の血統とあれば話は別です。傷つくのはいつだって、女性ですしね」
「ピエールさんが宮廷を去ったのは、彼の意志ですか?それとも、他の誰かの意志なのですか」
ローリーはユスティアのために、質問を投げかけた。
「私の命じですよ。私の言葉をお疑いになるのですか?モンテス公」
「いえ、違います」
「駆け引きはうんざりですと、申し上げたでしょう。あれは私の下僕。勝手な真似は許しません」
ユスティアは黙って俯いていた。自分とピエールの関係を、レライエは見透かしていると気づいたのであった。
姫君の身体が羞恥にこわばる。彼女は感情を内に封じてこの場から解放されるのをじっと待っていた。それが彼女の身につけた、ただ一つの処世術であった。
小さくか弱いブレイク王国の姫君の肩に、力強く手が置かれる。
振り向くユスティア。
そこには王国軍司令部の中心的人物、獅子公キマリーが立っていた。
「今日の主役が来られたか!参謀長殿。どうした、酒はやらんのか」
獅子公はレライエに軽蔑的な一瞥を投げかける。
「商才だけでは、この貴族社会には食い込めぬよ。レライエさん。しかし、貴女の経済的援助には軍部の責任者として感謝しよう」
「ふふ、食い込むだなんて。そんなつもりはありませんわ」
レライエは微笑む。
「ただ私は、心配しているだけです。仮に軍隊が事を仕損じれば、投じた資金が回収不能となりますのでね」
「ふむ!それならご安心召され。わが王国軍に仕損じるなどという事態は生じません。優秀な参謀もついていますし」
キマリーはローリーの背を強くたたいた。よろめくローリー。
「さあ、こんなところにいないで、挨拶でもしたらどうかね?名を売るチャンスだぞ。モンテス公」
「僕はそんなつもりで来たわけではありません。諸侯の話し合いがあるというので…」
ローリーの言葉をキマリーの大きな笑い声が打ち消す。
「硬いな。少年。さあ、挨拶するのだ」
キマリーはローリーの腕をつかむと宴席の奥手、支援者たちの輪に導いていく。
「さあ、わが軍の勝利の立役者、参謀長であるモンテス公ローリー様です」
貴族たちは大いに驚いた。もちろん、ローリーがあまりに幼い姿だったからである。
「初めまして。参謀長を仰せつかった、モンテス諸侯、ローリーです」
ローリーは気を取り直して微笑み、敬礼の姿勢をとった。拍手が巻き起こる。
「驚いた…本当にローリー様はお若いのですね」
「すばらしい。これが本物の神童か」
「モンテスの血はやはり、並外れている!」
少年に賞賛が浴びせられる。それは貴族たちの本心からのものであったが、ローリーは苦々しく感じた。
「いえ、この度の勝利は…新兵器の威力によるところが大きいのです」
それはローリーの率直な意見であった。だがすかさず、キマリーが口をはさむ。
「これはこれは…聞き捨てなりませんな。参謀長。では、戦場で突撃をかけた騎士達の働きは評価に値しないという事ですか!?」
キマリーを睨みつけるローリー。
「違います!」
「あなたのお話しぶりからはその様に解釈可能だが?」
「違います。どうやら、私の歯切れの悪さが誤解を招いたようだ。確かに大砲は強力な兵器ですが、城壁を破壊するだけでは戦闘は終わらない。王国騎士の突撃のみが、戦争を終わらせることが出来るのです!」
ローリーは思わず声を荒げる。貴族たちは静まり返ってローリーとキマリーを見つめている。
「…失礼しました」
「ローリー様!」
そこに杖を突きながら、諸侯ユディスが現れた。
「ユディス様!」
握手を交わす二人。キマリーは二人を見やって言った。
「仲の良いことだ。若き諸侯同士、傷をなめあう関係か…」
「獅子公。あなたの悪い癖です。これ以上。ローリー様をなぶるのはおやめなさい」
ユディスはぴしゃりと遮った。
「なぶるなどと、何を。これは期待の表れだよ。メディナ公。九歳で参謀長に指名を受けるなど。ブレイクの歴史上、後にも先にも、この少年だけだろう」
「嫉妬ですか?獅子公。確かに、ローリー様の戦術眼は天賦だ」
「嫉妬ね…左様。軍部では確かに、ローリー殿の功績を羨む者もいる。私は司令部の責任者として、下らぬ足の引っ張り合いを諫めねばならぬ立場だ」
キマリーはローリーを見つめた。その声が一層低く、潜められた。
「…煮え切らぬ態度は、付け込まれるぞ。モンテス公。迷いを捨てろ。君は周囲に敵を作ろうとしている…それがわからんのかね?」
「…」
キマリーは笑顔を作った。貴族たちに敬礼をすると、その場を辞した。
楽団がゆったりした舞踊曲を奏で始める。いつの間にか宴会場中央は踊り場として開けられ、会場には次々と雇われた若く美しい女性の踊り手たちが入ってきた。
女性たちが礼をして、男たちの腕をとる。
「楽しもう!人生は短い」
キマリーが大きな声で呼びかける。
「老少不定というではないか。誰もの背後に、死神がおるのだ」
離れたキマリーとローリーの視線が、合う。
キマリーは女性に腕を取られ、笑みを浮かべる。年の離れた踊り手の腰を抱く。
「珍しい事ですね。ローリー様が、夜会に参加なさるなんて」
壁に二人、並んでユディスが語りかける。
「議長殿に命じられましてね。おせっかい焼きの議長殿に。それでやむなく」
ユディスは笑った。
「その調子ですよ。笑い飛ばしてしまいなさい。あなたの重責を、私は理解している」
ユディスは、所在なさげに壁に張り付いているユスティア姫を見つけた。
「あれをごらんなさい、ローリー。あれが壁の花です。ですが、何とも可憐な花ではありませんか?」
ユディスは意味深に笑った。その時、ローリーのもとにも美しい踊り手がやってくる。
「モンテス公!初めまして。なんて素敵な方なの。私と踊ってくださいな」
「いや、僕は…」
「この方は先約があるのですよ。美しいお嬢さん。ほら、あそこの姫君です」
ユディスはローリーを促す。
「さあさあ、行って。ローリー様。それともあなたは、ユスティア様に恥をおかかせになるのですか?」
「僕がですか?」
「そうです」
「僕は、踊りなんて知りません」
「教えてもらいなさい。彼女はどんな踊り手にも合わせられます。嘘じゃないですよ」
ローリーはしぶしぶ、ユディスの元を離れた。ユスティアに話しかけるローリー。やがてユスティアがローリーの手を引く。二人は中央で見つめあっている。が、やがてユスティアがローリーをリードし始める。ユディスはそれを微笑みながら見ていた。
ユディスの隣には、ローリーに声を掛けた踊り手が未だ控えていた。
「私はご覧の通りですから。どうぞ、こんなカカシにお構いなく」
「ユディス様。そんな意地悪をおっしゃらないで。お酌させてくださいな」
「酒は、私を吞んでしまうんですよ」
「存じていますわ」
女性は控えめに…しかし艶っぽく笑った。
「今夜はここで過ごされるのでしょう?…お伺いしますね」
「…家族に怒られてしまう」
「だめよ。絶対に逃がすなと、きつく言いつけられていますもの」
女性はユディスのために酒を取りに行った。ユディスはよろよろと壁際の椅子に腰かける。
青年はローリーを見つめる。あまりに不慣れでぎこちない足取り。だが初々しく、微笑ましいカップルの姿は、会場の者の目を引いた。
おせっかい焼きの、ユディスめ…。
彼のもとに、二人分のグラスをもった踊り手の女性が戻った。
「乾杯してください。ユディス様」
「いいよ。何に乾杯しようか」
「ブレイク王国軍の勝利に」
「そうだね、では、勝利に乾杯」