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第85話 戦争の季節

まるで荷車に柱を乗せたかのような形状の新兵器、大砲。

巨大な鉄製の砲身は重く、4人がかりで運搬する。

その大砲が、グザール領から敵の山岳要塞まで、長い時間をかけて運ばれ、集結していた。

二列縦隊となった大砲は全部で20門。さらにその後方、左右に分かれてブレイク王国軍の精鋭騎兵が戦いの開始を今や遅しと待っていた。


季節は廻り、夏から秋。天候は安定しており、ブレイク王国軍の進軍行動はスムーズであって予定よりも三ヶ月早く、山岳城砦への攻撃が開始されようとしていた。

聖歌隊が兵たちを前に、神をたたえる歌を歌う。この戦いには、神の認めた大義があり、勝利する事だけではなく、死する事すら名誉であると、兵を奮い立たせる。

高らかに響くラッパの音。戦争が始まる。

砲兵たちは丁寧に固めた火薬を装填する。風がやんでいる。狙いをつけるには好都合だ。

石弾を装填する。前方に、山を背にした巨大な石造りの城が広がっている。インスール帝国の山岳城砦。難攻不落の拠点と言われていた。

「第一波、狙え!」

砲兵たちは鉄製の道具で大砲の角度を微調整していく。

「一番、良し!」

砲兵から次々に良しの応答。

「一斉に撃て!」

後方に待機していた兵が、大きな槌を大砲の点火装置に打ち付ける。

その瞬間、すさまじい轟音とともに、大砲が跳ね上がり、黒い煙があたりに立ち込める。

耳が聞こえない。しかし、指揮官は大きな声で叫ぶ。

「第二波、準備かかれ!」

煙が晴れる。目標である、敵の城壁が破壊され、崩れている。命中したのだ。そしてその威力は、参謀本部の計算通りであった。

騎兵隊は馬をなだめながら、その様子を驚きの目で見つめていた。

「これが新兵器か!なんという事だ!」

再び、空気を震わせる轟音。命中した石弾が、石壁を崩し、物見のやぐらも破壊する。

「勝てるぞ。勝てる!」

その時、山岳城砦の城門がゆっくりと開いていくではないか。

「第一波、装填はじめ!」

城門から敵兵が姿を現す。それは隊列を組んだ騎兵であった。

ブレイク王国軍のラッパが再び響き渡る。弓兵と騎兵が前進を開始する。

「大砲に恐れをなして、現れよったか!弓兵、引き付けろ!予定通り、弾を打ち尽くすんだ!」

再び大砲が火を噴いた!敵騎兵はものともせずに駆けて来る。空から見れば槍のような、突撃陣形である。

「砲兵は退避しろ!騎兵隊、突撃!迎え撃て!」

けたたましいラッパの音。インスールの騎兵に、雨のように矢が浴びせられる。

両軍の騎兵が、王国軍の陣地の前で激突。

数で優っている王国軍は、インスール騎兵を圧倒していた。


ローリーは戦場より後方、作戦司令室となった民家にて、配下のグザール騎士に指示を与えていた。この少年参謀の計画によれば、正午前に作戦行動は終了し攻撃部隊が大砲とともに引き上げてくるはずである。

そこに戦場から急使がやってきた。

「ローリー様、ご報告いたします。大砲による攻撃は成功して、山岳城砦の壁面などを破壊しました。弾は全てうちつくし、城内から迎撃に向かってきた敵騎兵、100名ほどを殲滅いたしました」

「そうですか!うまくいきましたか!?」

「はい、味方に損害はほとんどありません。大砲の事故もありませんでした」

「わかりました。ご苦労様です。明日は早いです。今日は備えて休みましょう」

「ローリー様…ワイヤル様が、このまま攻撃を続行すると言っているのですが…」

「なんですって!?」

「戦場の状況から見て、それが良いのではと」

ローリーは慌てた。

「勝手に…早まったことを!」

ローリーは急使とともに、馬で戦場へと急いだ。予定された作戦行動、つまり、砲撃が終了し、敵が応戦してこなかった場合はすぐに引き上げるよう、ローリーはワイアル部隊長に命じていたのであった。

炭作りのため森を切り開いた道、そこは軍の補給路となっており、二人は戦場へと急ぐ。

大砲が整列し、並べてある。その前方、騎兵たちが参集し部隊長であるワイアルの指示を聞いていた。

「ワイアル殿!砲撃は終了したのですね!?」

ローリーを一瞥し、ワイアルは再び騎士たちに向き直る。

「ご苦労様でした。負傷者の報告を。さあ、明日に備えて引き上げましょう!」

ワイアルはローリーに向き直った。

「敵は応戦してきました。今なら城門を破壊し、内部に突入可能です!」

「それはできません!」

ローリーは叫ぶ。

「弾薬の補給は今日の夕方になります。明日、改めて攻撃を仕掛けます」

「敵に休む暇を与えるというのですか!?ローリー様は!?」

「違います」

「恐れながら、ローリー様は実戦経験がおありでない」

「そんなことはありません」

ローリーは周囲を見回す。騎士たちは上官らが言い争う様をじっと見つめていた。

部隊長であるワイアルからすれば、ローリーはまるで幼い。少年は侮られていた。それはやむを得ない事である。九歳の少年が参謀長の職に就くなど、どう考えても常識に反する。実力を考慮した人選とは思えないからである。

「敵と交戦した場合、負傷した敵兵は捕虜とする作戦でしたが。捕虜はどこにいますか?」

「いえ、全て殺しました。生きている捕虜はおりません」

「…捕虜を使った降伏勧告を行う予定だったのですが…当てが外れてしまいましたね」

「ローリー様。敵は逃がせば、再び向かってきます。そんなことは子どもだってわかるはずだ!」

「そうです。私のような、子どもにもね」

「あなたの計画は、戦場の現実に即していない!」

ワイアルは声を荒げた。

「計画の重要性を私は理解している。しかし、戦場では風向きに応じて、柔軟に戦術を適用せねばならない!勝機をとらえる!神が与えた勝利を拒めば、我らが逆に敗北する!」

ローリーは黙ってしまった。

周囲の騎士たちが二人に注目している。この戦場において軍を掌握するものが誰なのか、その争いに今、決着がつこうとしていた。

「ワイアル殿。あなたのいう通りだ。私はあなたの豊富な戦闘経験と柔軟な戦術運用に心から敬意を表しています。だから推薦に応じて、あなたを攻撃隊長に指名させて頂いたのだ」

少年は自分よりずっと大きな部隊長を見つめる。

「だが、恐れ多くも、私は参謀長に任ぜられた。よってあなたは参謀本部の作戦に従う義務がある」

ワイアルはローリーを睨むように黙っている。

「ワイアル殿。王国軍には、勝利よりも大事なものがある」

「軍には勝利に勝る忠孝など存在しない!」

「いえ、規律です。規律こそが、軍の命です」

今度はワイアルが押し黙る番であった。

「全部隊を引き上げます。捕虜はいないのですね。ならば弔いを済ませてやりましょう。敵とはいえ、その戦いぶりに敬意を表して」

ワイアルは黙って立っている。

「ワイアル部隊長!命令です。敵兵を並べて弔い、全部隊を引き上げさせなさい」

ワイアルは答えなかった。

「私の命令に従えないのですか?ならばあなたを軍規に従い、処分せねばなりませんが。お願いです、部隊長」

ワイアルは踵を返すと、周囲の部下たちに大きな声で命じる。

「…騎兵は下馬せよ!敵兵を並べてやれ。砲兵隊と負傷者、介助者は直ちに帰還せよ!歩兵はその場で待機!」

頷くローリー。

「これでよろしいか?参謀長殿」

「ええ。お疲れ様です」

ローリーは敵兵の亡骸に黙礼を捧げると、馬に跨った。

突撃は必ず死傷者を出す。ローリーはギリギリまで、安全圏からの砲撃を実行するつもりなのだ。グザールでは現在、多数の仕事を、男性に代わって女性が行なっている。兵が死ねば、働き手が失われ、それはひいては王国の損失となる。

それだけではない。親のない子が、路上で死ぬに任せるか、犯罪者として生きていくほかなくなるのだ。

だが、ローリーは黙っていた。生と死が皮一枚隔てた戦場では、そんな言葉は空疎だ。胸にしまっておくべき言葉だ。感傷にしか過ぎない。

理想は、その胸にしまっておけ。獅子公キマリーが、かつて少年諸侯に語った言葉である。

季節は巡る。いつしか、理想の花開く季節がやってくる。しかし、それは今ではない。

少年はそんな季節を、思う。

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