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第81話 参謀会議

麦の収穫が終わった。寂しい畑には、夏を告げる嵐が訪れ、雨粒が伸び始めた草花を打つ。

馬車から見えるそんな風景を横目に、ローリーは考えていた。

モンテスや、グザール領の若い働き手たちは収穫の仕事を終えると一斉に、臨時の騎士資格を得てブレイク王国軍に編入されていった。

誇らしげに、布でできた騎士の証を手に取る、褒賞騎士達。だが彼らは、戦場で真っ先に突撃し、真っ先に傷を負う戦士である。

戦争は、やはり国家の損失であると、ローリーは思う。

勝っても負けても、優秀な働き手が大勢、命を落とす。

戦場で初めて指揮を執ったときの事が、思い起こされる。

ローリーは敵も味方も、傷つき倒れたものを斉しく並べて、弔った。彼らは国家の中でも特に優秀な人物だったはずだ。

少年は悔しさをしまい込むように、目を閉じる…がしかし、今度は暗闇に過日の自由港湾都市の惨状が広がってしまう。

行く当てのない異民族たちの絶望の表情。まるで、と殺される山羊のように…。

少年諸侯はそんな彼ら、特に子どもたちが、忘れられない。

まるで愛するトレッサのような幼い子どもたち…。

アムリータは、かつてこう言っていた。神の前では誰もが子どもであり、兄弟であると。ローリーはその言葉を、真に受けている。心から、そう信じていた。

再び、目を開く。先の事を考えるんだ、ローリー。過去を変えることはできない。過去が、僕たちを苦しめることはない。自分が、そう望まなければ…。少年は自らを奮い立たせる。


ブレイク王国軍の総指揮は、グザール領の諸侯マイネンが執る事となった。

参謀長であるローリーに期待される役割は、情報収集と作戦の立案であり、それをもとにグザール公が軍隊を指揮する。

わずか九歳の少年にとって、それは想像もできなかった大役である。

もちろん、王国軍の参謀本部は経験豊富な、様々な人物で構成されているため、少年をサポートする体制は充分に整っている。

むしろ、ローリーを参謀長に立てたのは、参謀本部の責任を少年に背負わせるためなのではないかと、ローリー本人が訝っているほどである。

しかし、ローリーは決心したのだ。この戦争を一刻も早く、終結させてみせると。

そのためには、参謀長という立場は都合よく活用できる。


グザール領第二管区の総督事務所に仮の参謀本部が置かれた。本部では、王国軍の先制攻撃の目標をどの地点にするか、議論が続いていた。

攻撃目標を決め、攻撃日時を決定すれば、その後の軍の動きが定まる。すでにグザールには王国軍の一部が駐屯し、訓練を開始していた。

ローリーは早急に攻撃目標を定めなければならない。


さて、現状で考えられる攻撃目標は二つ。山岳城塞と、森林砦である。

グザール領に近い敵城である、山岳城塞。東部地域の山並みに沿って作られていたのでそのように呼ばれていた。ブレイク王国にとって最も近い、大きな敵拠点であり、今回の作戦ではこの場所の攻略が最大の目標となる。

もう一つ、王国側から見て山岳城塞よりも手前側、森林砦と呼ばれる敵拠点も存在する。敵の前線基地に該当し、戦力として山岳城砦よりは規模が小さい。


グザール出身の参謀ディアスンは、まずは領土により近い、森林砦を先に攻め落とす、という作戦を立案した。

規模の大きい山岳城塞へと進行するために、補給の足掛かりとなる砦をひとまず掌握するという理由からである。

それは城を包囲して、何日もかけて攻略するという、現状のブレイク王国の戦い方に基づいた、現実的な案であった。


これにローリーは異を唱えたのである。少年は異例ともいうべき短期間での山岳城砦の攻略を望んでいたからである。

「しかし、ローリー様。足がかりを経ずに、山岳城塞に侵攻するのは問題がありますぞ」

ディアスン参謀がまず口を開く。

「山岳城塞を包囲するとなれば、それに応じた補給が必要になりますが、山岳城塞とグザール領との距離を考えると物資運搬がうまくいくかどうか」

ローリーは頷く。

「さらに、手前にある森林砦から、わが軍が挟み撃ちとなる危険があります」

参謀はローリーの能力の高さを知っており、評価してもいるが、少年の作戦は昨今の定石から外れている。

「ええ、その通りです。挟み撃ちとなる危険はあります。しかし、私の計画には理由がありますので、どうぞ聞いてください」

ローリーは会議室の他の参謀たちにも目配せしながら、話し始める。


「まず、インスール帝国が山岳城塞を築いた経緯から、我々は調査しました。あの場所には、水源があります。つまり、敵の水を断って降伏を促すことが出来ないという事です」

これはローリーが命じて調査させた事実である。諸侯ユディスの有する、インスール帝国との交渉ルートがその情報源となっていた。

「そうすると山岳城塞に対する包囲を実行する場合、かなりの長期戦になる事が予想されます」

参謀は頷く。だからこそ、彼らは先に森林砦を掌握するという作戦を立てたのである。

「ところで、このような状況を打破する兵器が、まさに現在、発明されて試験され、作られています」

「大砲ですな」

ディアスンの発言に、ローリーは頷いた。

「その通り。大砲です。この石弾を射出する兵器は、カタパルトとは全く次元の異なる兵器です」

ローリーは大砲の簡単なスケッチを提示する。

実は大砲の存在を知らぬ参謀も数名存在している。これは国力を挙げて秘密裏に、急ピッチで作成されている兵器なのだ。

「膨大な火薬の力で、石弾を射出します。私も実際に目にしたのですが、その威力は、一撃で大木もなぎ倒し、石壁を崩すほどです。頑健な拠点に引き込もる敵を攻撃するのに、非常に適した兵器と思われます」

「…なるほど。その大砲が、お話の通りの性能を発揮するならば」

この時代、火薬を用いた兵器は非常に珍しい。それは高価であり主に、城壁から投げ落とすなど、防衛兵器として用いられていた。

「大砲は敵の矢の届く外側から、石壁や土壁を破壊します。私の計画では…」

ローリーは手持ちの紙束をテーブルに広げて見せる。そこには少年の城砦攻略についての考えが整理され、まとめて記されていた。

少年にはシステム、という特殊な能力が備わっている。彼が見聞きさえすれば、それらの情報はシステムに整理、格納され、自由に引き出すことができるのみならず、簡単なシミュレーションも可能だ。

少年はシステムを使って、大砲を用いた城壁の破壊などを何度もイメージしている。

もっとも、それらを参謀部が共有するためには、やはり書面化し図示するなどして丁寧に説明しなければならない。

「大砲は全部で20門そろえる予定です。2列で数度に分けながら絶え間なく発射し、外壁を破壊して、敵の士気を低下させます。そこに、騎士を突撃させて、一挙に城を制圧します」

参謀たちは黙ってその話を聞いていた。まるで実際に戦場を見てきたかのように、物をいう少年諸侯。その顔に不安はなく、確信に満ちている。

「仮に、森林砦を先に抑えるとしても、そうすると今度は山岳城塞侵攻にとっては回り道となります。必然的に、山岳城塞攻略の日数は増加することになります」

参謀らは頷くも、未だ少年ほど明確なビジョンが見えていない。

「…それもそうでしょうが、急がば回れ、という諺もありますがねえ」

「確かに、勝利が味方を奮い立たせる、という例もあります」

少年は先に森林砦を攻め落としたときのことを想定する。

「しかし、戦が長引けば、兵たちの士気に悪い影響があります。これは先の戦争でも確認されている事実です」

ローリーは続ける。

「今回、初めて運用する大砲がその威力を発揮するのは、大きい目標に対してです。その様な意味でも、山岳城塞は攻撃目標としてふさわしい」

「ふむ…兵器の運用から攻撃目標を定めるのですか?モンテス公。恐れながら、それでは主客転倒ではございませんか」

ローリーは深くうなずく。

「おっしゃる通りです。しかし、短期間で戦果を挙げる、その方法を私は探しているのです。大砲の有用性は明らかだ。それを利用しない手はありません」

少年は続けた。

「また、これは最大の理由ですが、森林砦を落としたとしても、それは戦局に大きな影響を与えない。一方で、山岳城塞を攻略してしまえば、水源もなく孤立した森林砦の敵兵力に降伏を勧告することができる。戦わずして森林砦を手中に出来るんです」

たたき台となる、森林砦攻略を提言したディアスンは、黙ってしまった。仮に…この少年の言うとおりに事が運べば、それは理想的な戦争の展開だ。最小のリスクで、最大の効果を得ることができる。要は、この少年の賭けに、乗るか、乗らないか、という話である。

皆がローリーを見つめる。戦争の最も重要な局面で、わずか九歳の少年が作戦を立案する。これは極めて稀で…いや、異常な事態なのである。

しかし、現にモンテス公は参謀長に任命され、駐屯地や秘密兵器の視察にも出向いている。これは司令官の責任逃れのための無謀な人事、または家柄に起因する無責任な人事ではない。

参謀本部はローリーに説得される形となった。ディアスンは僅か九歳だという少年諸侯を、改めて驚きの目で見つめる。

「わかりました。ローリー様、では、山岳城砦を大砲で攻撃する場合の、具体的な軍の運用計画について、お話しいただけますか」

ローリーはにこやかに頷く。

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