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第73話 戦争の足音、中編

「議長、よろしいでしょうか」

キマリーが首肯し、ローリーに発言を促す。

ローリーは戦争を避けたかった。しかし、グザール領に王国軍が駐屯することが決まり、状況はすでに少年の管理の埒外らちがいまで進行しようとしている。

そうだとするならば、ローリーが目指すは、事態の早期の収束である。

「実を申し上げますと…私は、戦争は避けたかったのです。もちろん、無益な争いを好まないのは、諸侯の皆様であっても同じことでしょう」

ローリーは席を立った。

「ですが敵が国境を脅かし、すでにステフォンやグザールに被害が出ている以上は、座したまま見過ごせないことは当然です。ましてや、我々モンテスとグザールには、ブレイク王国の盾としての誇りがあります」

諸侯らは黙って少年の発言に耳を傾ける。

「しかし…目的を定めない戦争は長期化して、自らの首を絞める結果になります」

ローリーは文書管理人に用意させた、モンテス領での戦争の記録を手元に置いている。戦争継続による、領民生活への様々な害。それらは全て、ローリーの操るシステムが把握している。つまり、モンテスの神童は故郷の戦争の歴史をほとんど把握しているという事である。

「歴史に学べば、戦に疲れて内側から滅んでいった国家の例というものは多いのです」

議長は頷き、少年の言葉の先を促す。

「なるほど、して、若きモンテス公は、いかにお考えか?」

「私の目的は、敵の前線基地を攻略する事。これによって、ステフォンなどの東部の国境の被害を予防します。そして同時に、インスールと停戦協定の締結を目指すことです」

「馬鹿な。敵は停戦協定を無視して、攻撃を仕掛けてきているのですぞ?」

ローリーの味方であるはずの、ステフォン公が発言した。ローリーは慌てて弁明する。

「その通りですが…実は、我が国とインスールの間に、未だ正式な文章による合意はございません」

すかさずコルトン公ヨルムスが少年に問う。

「敵を追い返したら、そこで終わりなのかね?それでは資源が回収できぬぞ。モンテス公」

「さよう。一度、戦いを始めたならば、徹底的に行うのが、我らブレイク王国だ。勝つときは、どこまでも徹底的に勝つ。それが戦だ」

ローリーは諸侯らを諫めようと口を開きかけるが、さえぎられてしまう。

この緊迫した状況下で、敵国と停戦交渉を進めるという意見は、やや唐突であったのかもしれない。しかし、黙っていてはグザールが、少年の第二の故郷が、果てのない戦場と化す。これだけはローリーにとって譲れない一線であったのだ。

「聞いてください!そうです。皆さんのおっしゃる通りではあります!が、しかし、すでに現在、モンテス、グザールでの税負担は膨大になっており、領民の生活が成り立たなくなっているのです」

必死の訴えに少年の顔は哀しく歪んだ。

「戦争に使うお金は、領民生活の役には立たないのです!」

ヨルムスはそんなローリーに冷たい視線を送り、言い放った。

「ならば褒賞騎士として戦場に送り込むことですな。軍隊ならば、兵を食わせることが可能だ」

「ですが、戦えないもの…例えば子どもらはどうしましょう!?」

「ブレイク王国は、戦争によって領土を獲得し、強国になったのだ。和平交渉など、もはや意味をなさない」

議論はたちまち紛糾した。

ローリーは具体的な提案をもって発言しなかったことを後悔したが、もう遅い。

数々の指摘に反論することも出来ず、停戦交渉という策の弱みを突かれる一方となってしまう。

「よろしい!一度、休憩としよう」

キマリーの良く通る声が、会議室に響く。獅子公と称された男の威容に諸侯の視線が集まった。

「確かに…戦争をどこでやめるのか、という視点は、重要だ」

キマリーがひとまずまとめた。

「喧嘩を始めたら、終わらせる方法も、同時に思いつかねばならない」


大会議室から退出する、ローリーとヘディオンら官僚。そこに、医師でもある若き諸侯、ユディスが杖を突きながらやってくる。

「お久しぶりです!ユディス様」

「ローリー様」

二人はにこやかに握手を交わす。

「モンテス公。あなたのご発言、一理ございます」

ユディスは弱々しい笑みを浮かべる。

「…すでにわが領内も、戦費ねん出のため、民草はあえいでいる」

ローリーはユディスを見つめる。

「少し、よろしいでしょうか、ローリー様」

「ええ、何か」

「…お話しておきたいことがあります」

ローリーは独り、ユディスに与えられた個室へと招かれた。

「ここだけのお話なのですが…」

休憩時間は長くはない。ユディスはローリーと二人きりになると、単刀直入に切り出す。

「事前のすり合わせで、ブレイク西部の諸領は先制攻撃すべしという点で一致しています」

ローリーは頷く。

「しかし、私は…恐ろしいのです。インスール帝国は現在もミッドランドの強国。我らとぶつかり合えば、どちらも無事とは言えないのではないかと」

ローリーは沈黙してしまった。

「結論から申し上げますと。私はこの戦いは、水面下での和平交渉が必須であると考えます」

「ユディス様!」

ユディスはローリーに微笑みを返す。しかし、その表情からは不安が払しょくされていない。

「ところで、ローリー様。現在、メディナの医療は、異国の様々な知識や技術を取り込んで発展しているんです」

「そうだったんですね」

「ええ。社会規範については、その全てが、聖典に記されていますが、人間の体については、未だわからないことが多すぎる」

ローリーは黙ってユディスの言葉に耳を傾けた。

「様々な場所で、様々な人間が、様々な病気と向かい合っています。その方法は、地域によって異なりますが、最終的な目的は、人間の健康を取り戻すこと」

ローリーは黙って頷く。

「私のこの左足は、痛みを感じませんし、動くこともありません。ついているだけです。邪魔に思う事があります。そこで父は、研究を重ねて何とか私の左足を快癒させようとしました」

「…」

ユディスが微笑む。

「その…すこし回りくどくなりましたが…私は思うのです。様々な考え方、道があっても、目的が同じならば、それらは平行して進められると」

「私も、同じ気持ちです。ユディス様」

「私は思います。戦争無き時代こそがブレイクの発展の礎だと。ローリー。私はあなたの意見と、同じなのです」

二人は改めて、握手を交わす。

「実は…すでにインスール帝国の医療体系を、メディナでは学びつつある」

ローリーは驚いた。

「彼らは異教徒です」

ユディスは、言葉を区切って目を閉じる。思い切ったように語り始める。

「彼らは我々の敵だ。しかし…人間だ。間違いありません。彼らは人間です。そして…人体こそは神の最高傑作であり、謎めいた、素晴らしい美術品であると、私は思う。ですが、ローリー様。異教徒である、彼らもまた、そのように考えているのです」

ユディスはまるで罪を告白するかのように、ローリーに打ち明けた。ローリーはそんなユディスを、敬意のこもった温かな眼差しで、見つめた。

「メディナ領と、インスール帝国では、医療の方向性が異なります。しかし、目的は同じ…」

「…」

「つまり…そのように考えると、防衛のための先制攻撃と、和平交渉。異なるやり方ですが、目的は、ブレイク王国の恒久的な安定。そうではないですか?モンテス公」

ローリーは感激し、ユディスの手を取った。

「ユディス様。その通りです!私一人では心が挫けてしまいそうです。ユディス様、どうか力をお貸しください。あなたの深い洞察を、どうか私にもお与えください」

ユディスは気恥ずかしそうに眼をそらした。

「おやめください。ローリー様。私は医療に関しては自信がありますが、政治経験は皆無なのです。あなたはお若いのに、治世に真摯に取り組んでこられた。それが言葉の端々から、感じ取れるのです」

ユディスはローリーを見つめる。

「実を言いますと、現在、メディナ領には、インスールの医者が多数、保護されているのです」

「そうなんですか!?」

ユディスは頷く。

「インスールでは政情不安が続いているのです。自由港湾都市を経由するなどして、ブレイク王国に多数の亡命者が訪れている」

ローリーには初耳であった。

「こんなことは、信頼できる方にしかお話しできません。つまり、交渉のルートが、残されているという事です。我が領にはインスールの通訳も存在する」

その時、ユディスは不意に、人の気配を感じる。

入り口を見やると、そこにはいつの間にか、議長を務めていたクロイスの獅子公が佇んでいた。ローリーとユディスの秘密の会話は、聞かれていたのだ。

「キマリー殿!?」

青ざめるユディス。ローリーも驚いた。

「獅子公ともあろうお方が…諸侯の私室に、無断で入られるとは!」

ユディスはキマリーを見据えて、よろよろと立ち上がった。

ローリーは思わず、かばうようにユディスの前に立つ。

「ほう、内密にインスールと連絡を取り合うつもりかね。メディナの若き諸侯よ」

いつから聞かれていたのか…ローリーは自分とユディスの会話内容を反芻していた。

「…捨て置くことはできん発言だな!」

キマリーはゆっくりと近づいてきた。だが…その表情は緊迫した空気に反して、柔らかい印象を与える。ローリーはキマリーの真意を図ることができない。

「ふふ。若きご両人、まあ、かけたまえ」

キマリーは勝手に座椅子を引き寄せると、掛けた。

「この局面で、私が議長とはな…ままならぬものだよ」

不敵に笑う。


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