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第72話 戦争の足音

8名の諸侯全員が、ブレイク王室領に集結した。すでにインスール帝国と軍事衝突が散発しており、王国は足並みをそろえて対応する必要に、迫られていたのだった。

議長の獅子公キマリーが初めに口を開いた。

「では、早速だが、敵国からの書簡と、ステフォン領での戦闘について、報告をお願いしたい」

諸侯ムールは咳ばらいを一つして、話し始める。いつもの穏やかな表情は硬くなっており、事態が緊迫していることをうかがわせた。

「えー、すでにステフォン騎士に損害が生じている。我らは北方山脈の土着民族が、えー、インスールのスパイであることを突き止め…」

傍らの執事ワーニャが、ムールに書類を手渡す。

「ホピンと呼ばれる者らの集落を殲滅し…」

ローリーはその言葉に大きな衝撃を受ける。

ホピンの集落…ローリーがかつて竜討伐に赴いた際、ホピンの民はローリーらを歓迎し、小さな宴席を設け、食料などを支援してくれたからであった。あの優しい人たちの集落が、殲滅された…!?

ムールはなおも続ける。

「…つまり、インスールの前線基地となっている砦は確認できるだけでも2つ。これらに手を打たぬことには、異教徒共は増長し…」

ムールは事実を一部隠蔽している。実はステフォン騎士たちは、すでにインスールの砦に攻撃を仕掛け、手痛い反撃にあい、大きな損害を出してしまっていた。それはこの会議の趨勢すうせいを左右する、重要な事実であったが、ここでは伏せられていた。

「…以上。えー、ステフォン領としては、この諸侯会議の決定において下されるマヌーサの御聖断に従うつもりではあるが…」

ムールは立ち上がった。

「わが領は最前線故、先手を打たねば領内の被害は拡大し、取り返しのつかぬこととなる。判断を遅らせれば、それだけ、我がブレイク王国も不利になるという事である」

「その通りだ」

コルトン公、ヨルムス。口ひげを整えた、オールバックの紳士が賛同する。

「さて、この点について、他に意見はおありか?」

キマリーが見回す。グザール公マイネンが挙手し、口を開く。

「先制攻撃を加えるにせよ、ブレイク王国軍はすでに解散し、現在は騎士団の合同訓練も行っていない状況だ。まずは王国軍の編成を」

現在、ブレイク王国内には各諸侯が監督する、それぞれの騎士団が存在するのみである。ブレイク王国が外国勢力と戦うための軍隊は、事実上の停戦が続いていたことから、解散してしまっている状況なのである。

「兵は集めただけでは動かぬもの。まずは王国軍の再編を!」

「…さすがはグザール公。王国随一の動員力は変わりませぬな」

ヨルムスが割って入った。

「グザール、モンテスの勇猛で知られる騎士団ならば、異教徒どもをミッドランドの果てに追いやることもたやすい!」

マイネンは、余裕すら漂わせているヨルムスの真意を図りかねて、苛立たし気に応じた。

「ヨルムス殿。軍隊は8つの諸侯が等しく協力して、作り上げるものですぞ」

「もちろんです。グザール公。我らとて国土を守るための戦いとあれば、力を惜しむつもりはありません、しかし…」

ヨルムスは笑みを浮かべる。

「領地によっては動員力に差があることも事実。さらに、王国は各領がいわば役割分担して国家運営にあたってきた歴史がある」

コルトン公ヨルムスは、戦闘はモンテスやグザールの領分だという認識を表しているのだろう。グザール公はその様に判断する。

「その通り。役割分担です。王国軍に関してもそのような認識でよろしい。しかし、軍隊において最も重要なものは、兵である」

マイネンは重々しく述べる。彼はローリーに賛同を求めるように視線を送った。

「兵の規律、士気、数こそが軍隊の命。それをグザールや、モンテスは担っているのだ。それを、各々方、忘れずにいただきたい!」

しばし、沈黙。ローリーは意を決して、口を開いた。

「まずは、王国軍の編成を進めたいと思います。マイネン殿のおっしゃる通りです。兵は集めるだけではなく、一つの軍隊として動かせるように訓練しておく必要があると考えます」

「ほう!若きモンテス公は、実際に戦場で指揮をとられたかのような、お口ぶりだが」

ヨルムスは、ローリーをけん制するために発言したつもりだったのだろう。だが、まさか九歳の少年が敵国の兵と剣を交えたとは、想像もできなかったにちがいない。

「その通りです。ヨルムス殿。私の遠征部隊は先に、ステフォン領の北端にて、インスール兵らと戦闘を行いました」

ヨルムスが眉をひそめた。

「…ほう」

「騎馬と、大弓による、統制の取れた戦いぶりです。彼らは士気と練度、いずれも高い。王国軍を編成後は速やかに、訓練を施す必要があります」

キマリーは目を細めた。ローリーの指摘は、集団戦闘経験のあるキマリーにとってさえ、的確なものである。

軍隊とは、規律を命とする。規律ある軍隊であれば、しょうを持ってもしゅうを制する。このことわざの本当の意味は、実際に戦場で指揮を執ったものにしか、わからない。

「では、王国軍編成について賛成の諸侯は、挙手を」

議長を除く7名の諸侯全員が挙手した。

「よろしい。王国軍編成と、運用についての負担割合は、別に調整の機会を設けることとする。異議はおありかな」

異議はなかった。


次いでキマリーは、先制攻撃の件について話を進める。

「ステフォン公の発言の通り、戦においては何よりもまず、機先を制することが肝要。とはいえ、事を起こすとなれば、国内の諸侯全て、足並みをそろえる必要がある。ブレイク王国軍を編成したのちは、速やかに、インスール帝国軍の前線基地に侵攻する、との意見については、いかがか?」

グザール公マイネンが、素早く席を立った。

「まず、確認しておきたいのだが。敵に攻撃を仕掛けるとして、それは何処の領にわが軍の拠点を置くことになるのであろうか」

ヨルムスが応じた。

「それはもちろん、インスールと陸で接している、ステフォン、モンテス、グザールという、ブレイク東部の領、いずれかという事になりますな」

「つまり、戦端が開かれた場合、その領は戦場になるという事だ」

「状況によっては、そうかもしれませんな」

ステフォン公が発言した。

「すでにわが領には敵兵が侵攻し、騎士団に若干の損害が生じている。だが、戦いには馬が必須である。馬は今、繁殖期を迎えている。できる事なら、敵軍の注意を引き付けてもらいたい」

グザール公とローリーは、視線を合わせた。腕を組み、目を閉じると、嘆息するグザール公。

「…やはり、戦はグザールか。だが、それもまた神の思し召し。わがグザールは、ブレイクのため、ありとあらゆる民族と戦い抜いてきた。それは昔も今も、変わらぬ」

「それでこそ、女神の盾。グザール騎士だ!」

ヨルムスが賛同した。他の諸侯も、黙って首肯する。

ローリーは苦々しい思いで、そのやり取りを聞いていた。少年にとって最悪の事態であった。グザールに王国軍が駐屯し、戦場になる…それは当然、彼の建設した学校や、アムリータらが、危険にさらされるという事だ。

「情報封鎖をせねばならんだろう。自由港湾都市には、異民族が掃いて捨てるほど居るのではないかね」

ヨルムスの発言に、マイネンが頷く。

「冒険団どもを使うなどして、少々、掃除が必要になるな」

「では、ブレイク王国軍再編の暁には、軍はグザール領に進駐し、そこで訓練の後に、インスールの前線基地に攻撃を仕掛ける。各々方、このような認識で、間違いないですな」

沈黙。否定する者はいなかった。

ローリーはとにかく戦争回避に努めるつもりであったが、考えがまとまらず、一言も発せないでいた。だがこのままでは、会議は望まぬ結果に終わってしまう。気持ちばかりが焦る。

「では、少し休憩としよう。同時にグザールから一番近い、敵拠点の情報を検討するとしよう…」

ローリーはついに意を決して、口を開く。

「あの!一点、諸侯の皆様に、確認したいことがあります!」

「…なんだね?若きモンテス公」

諸侯たちの視線が、九歳の少年に集中する。

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