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第70話 手荒な取引、後編

ゾーガンの部下たちは驚きに固まってしまった。

突然、アンドラスに渡された麻薬入りの盃が、石で打たれたかのように粉々に砕け散ってしまったのだ!

さらにはいつの間にか、部屋に入り込んでいた、見知らぬ男性。まるで貴族の屋敷にいるような、執事風の、初老の紳士である。

この男の仕業だというのか。

その時、オルガナが弾かれたように立ち上がる。後方の手下の腕をねじり上げ、首筋を掴むと椅子に叩きつける。

「お触りのお代さ。高くついたねえ!」

ゾーガンが呻く。

「クソっ!こいつらを黙らせろ!」

海賊たちは各々短刀を抜く。出口から2名、武装した男が入室してくる。ゾーガンがテーブルを蹴倒すと、アンドラスらは部屋の中央に包囲された。

「生きていても、死んでいても、人質は人質だ!」

「ボス。やっちまって、いいんですね?」

「…かまわん。生きて返すな!」

海賊たちは皆、短刀を手ににじり寄る。オルガナは拳を顔の前で構えると、前に出た。それを、手で制したのは先ほど現れた、黒スーツの男だった。

「一体、どうしたんです?落ち着いて」

可笑しそうに笑う。全ての視線が謎の紳士に集まる。

「皆さん、手に蛇を持っているじゃないですか!?ほら、よく見て!」

溌溂として、よく通る声だった。部屋が一瞬、静まり返る。

すると…海賊たちの手のひらに、ぬるりと動く感触。目を向けると、短刀だと思っていたものは、なんと黒光りする蛇であった!

「うわぁっ!」

全員、慌てて蛇を放り投げる。

オルガナは、その光景を驚きの目で見つめていた。海賊どもが、突然、短刀を見つめたかと思うと、放り出してしまったのだ。

その原因を考えるより早く、彼女の体は動いていた。

背後の敵、その顔面に右ストレートがクリーンヒットする。崩れ落ちる海賊。

「ごめんよ!」

隣の海賊は驚き顔で全く反応しない。その胴に強烈な蹴りが見舞われた。扉に叩きつけられる男、オルガナは倒れた男の胸倉をつかんで脇に放る。

「さあ、お暇するよ!」

言うなり部屋を出て階段を駆け下りる。アンドラスとスーツの紳士が続く。

「一体、何が起きた!?」

「いえ、簡単な暗示ですよ。意志薄弱のものほど、御しやすいのです」

事務所を出て、表に転がりでる三名。アンドラスは呼子を吹く。港に向かって駆けだす。もはや、ベスチノに長居しては危険である。背後から武装した集団が、追いかけてくる。

「助かったよ。君は一体、誰だい!?僕を付けて来たのか?」

「モンテスに戻ってから、ゆっくりお話ししましょうか」

男性は微笑むと速度を上げ、アンドラスたちを引き離して林の中に消えた。

「なんだい!あの人は?馬みたいに早いじゃないか!」

「わからない。だが…彼は味方だ」

エレノアとリッサンドラが前に飛び出してきた。

「早かったわね!アンドラス!」

「ちょいと問題が生じてね。さあ、行くぞ!」

駆けていく、アンドラスとオルガナ。エレノアとリッサンドラは目を見合わせる。

「さすがはモンテスの問題児ね!」

4名は必死に海岸を目指して走る。

「くそっ…まずいな」

係留されている波娘号、その周囲に武装した戦闘員ら20名ほどがたむろしている。

ベスチノから逃げ出そうとする者は、こうして殺されていったんだろう。間違いない。会社だって?海賊よりも断然、質が悪い連中だ。

「こんな時に、アイツがいたらな…」

アンドラスの魔剣、カタハルコン。それはすでに没収され、モンテスの地下保管庫に収蔵されている。まさか海賊と斬りあいになるとは、アンドラスは思っていなかった。

「チッ…あたしの剣を、置いてきちまったよ!」

オルガナが舌打ちする。アンドラスらは追われている。このままでは挟み撃ちだ。

「奴らは幸い、弓を持っちゃいない。このまま一か八か、突っ込むぞ」

「アンドラス!武器が無いじゃない」

エレノアの小剣が二振り、リッサンドラの鞭と短剣が、このパーティーの武器の全てだ。

「エレノア、すまないが、僕とオルガナに剣を!僕が先頭を行く!」

「船員が殺されていたら、どうするね?船は動かないよ?」

「その時はその時さ」

アンドラスは笑って、皆を見渡した。

「かわいこちゃんたち、ごめんね。僕が無能なばかりに、いつも君たちを…」

「わかったわかった!アンドラス様、挟まれないうちに、行こうじゃないか!」

オルガナが先頭に立って駆けだす。

「まて!オルガナ!」

全員が走り出す。


不意に、アンドラスの頭の中に声が響く。先ほどの老紳士の声であった。


―魔剣を欲しているのですか?アンドラス様。


そうさ…恐ろしい奴だけどね。こういう状況になってしまうと、正直、ああいう剣が役に立つんだ。


―ふむ。では、種明かしをしましょうか。あれは今、あなたの手の中にありますよ。


何だって?…これはエレノアの持っていた、小剣じゃないか。カタハルコンではない。あれは今頃、モンテスの…。


―あれは、剣ではありません。剣の姿をしていますがね。あれは、私があなたに与えた、力ですよ。あれは、向けられた敵意をそっくりそのまま、相手に返すのです。


何だって…!?君は、何者だ?なぜ僕の事を、そんなに良く知っているんだ?


―あなたの物語を読ませていただきました。あなたが騎士となった、その日からね。よい物語です。私の好きな物語です。だから私は、あなたの想像力に賭けました。想像力こそ、剣よりも恐ろしい武器なのです。物語の中ではね。


それは幻聴だったのかもしれない。しかし、アンドラスが手元の小剣を見やると、それは昼の陽光の下でもわかるほどに、青白く不気味に光を放っていた。

「カタハルコン…お前なのか!?」

オルガナがすでに海賊と剣を交えている。それを横目に、アンドラスは桟橋めがけて突っ切る。4名の男たちが、一斉にアンドラスに向かって斬りかかっていく!

「アンドラス!よせ!」

無謀な突撃を、オルガナが諫める。

しかし…オルガナが再び目を向けると、アンドラスは無傷でなおも走り続けていた。アンドラスに斬りかかった男たちは返り討ちにあったようだ。腕を斬られてしまったのだろう、みな腕を押さえてしゃがみこんでいる。

アンドラスは桟橋から波娘号の甲板に向けて叫んだ。

「マッサン!居るか!逃げよう!すぐに船を出してくれ!」

オルガナがアンドラスに追いつく。

「アンドラス、あんた、一体…」

「のれ!オルガナ!急げ!引き上げるぞ!」

アンドラスはやってきた方向に戻っていく。エレノア、リッサンドラもやってくる。

「船を出してくれ!マッサン!」

海賊たちは2列になってアンドラスを追ってきた。まだ船に帆が張られていない。アンドラスは桟橋に立ち塞がった。

「さあ、モンテスの破戒卿が相手してやるよ」

笑顔を浮かべて、青白く光る剣の切っ先を敵に向ける。

1人目、刺突剣で向かってきたところを躱し、足をかける。男は海に落ちた。2人目が、山刀を振りかぶって走り込んでくる。紙一重で躱し、横から蹴りつけて、そいつも海に落としてしまう。

「ふう、コイツを使うまでもないや」

「船が出るよ!アンドラス!」

船は向かい風を受けてゆっくりと桟橋を離れ始める。アンドラスは踵を返して、甲板から降ろされたロープに飛びついた。

「やれやれ、ひどい目にあった。誰か、引き上げてくれないか。落ちる。僕はもう、疲れたよ」

陸からアンドラスを呼ぶ声がする。

「ア~ンドラス様~!」

ゼパルであった。桟橋からアンドラスに手を振っている。

「ゼパル!死ぬなよ!またいつか、会おう!」

アンドラスはゼパルに手を振り返してやると、船の縁に背をもたれて、座り込んでしまった。周囲に猛虎の刃冒険団の3名の女性が集まっている。

「みんな、良かった。誰も、怪我していないのか。これは本当に、神様のお導きだね…」

アンドラスは笑う。

「まだ安心するには早いわよ。アンドラス」

エレノアとリッサンドラは用心深く、海を見渡す。オルガナがアンドラスの隣に座り込んだ。

「神様だなんて、アンドラス様。あんた変わったねえ」

「そうかい?」

「あんたの口から、そんな言葉が出て来るとはね」

「…僕は変わったんだ。気づいたんだよ。人はいつ変わったっていい。過去に囚われたら、損だってね」

アンドラスはオルガナとともに、抜けるような青い空を見つめていた。

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