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第65話 二人の姫君

ローリーは約束通り、間を開けずに宮殿を訪れた。

公式行事ではないため、ツバートが率いる第一分団員の数名を護衛に引き連れての訪問である。

ローリーが手土産のワインと焼き菓子の包みを持って、馬車を降りた直後のことであった。

ドン!という大きな音が空気を震わせた。まるで太鼓の音である。

護衛がローリーに駆け寄り、声をかける。

「ローリー様。今のは、爆発音ではないですか?」

「…そうかもしれません」

ローリーは手土産を馬車に戻すと、システムで周囲を探る。宮殿の庭は、人けが無い。システムのディスプレイにも、あやしい人間の存在は全く感知されなかった。

先ほどの音を思い返すと、馬を驚かせる火薬や、花火の音のようであった。日中に、このような場所で鳴るのは不自然である。事故だろうか。

庭に駆けていくローリー。あわてて騎士も随行する。

すると宮殿の側面、勝手口の様な扉が勢いよく開き、中から人物が数名、転がり出てくる。ローリーは驚きに目を丸くした。

白衣の男が3名。そして奇妙な格好の若者が1名。

若者は作業着に帽子をかぶり、ゴーグルをつけて、白い布で口元を覆っている。

部屋の中から黒い煙が噴き出した!

「だ、大丈夫ですか!?」

「大丈夫です!部屋にお入りになられないように!」

白衣の男が答える。

若者は全身をはたきながらローリーに近づいていき、帽子やマスクを取り去る。なんと、金髪の少女であった。

「君は誰?この煙を吸ったらいけないよ?病気になるからね」

ローリーは思わず、笑ってしまう。少女の鼻の頭が、煤の様なもので黒くなっており、その話しぶりも声が大きすぎて滑稽な印象を与えていた。

「ご、ごめんなさい、びっくりして」

「あーちょっと、大きい音がしちゃったかな」

少女は耳に詰めていた栓を取ると、作業着のポケットにしまう。

「僕はモンテスの諸侯、ローリーといいます。お茶に呼ばれたので、参じました。事故ですか?さっきの音は、なんです!?」

「ああ、今のね。今のは…まっ、気にしないで」

少女も笑う。

「モンテス公、よくおいでくださいました。もうそんなお時間なのですね」

「失礼ですが、あなたは」

どこかで会ったことがある。ローリーは少女の顔に見覚えがあった。しかし、思い出せない。少女はばつが悪そうに答える。

「私は…その、王室の親族で、まあ、色々と。技師をやってます。花火とか、ね」

「…お怪我がないようならば、私も安心です。慌てました。事故かと思いました」

「ああ、正直、事故ですね。言ってみれば。とりあえず指が吹き飛ばなくてよかったです」

少女が笑う。ローリーは驚き、あきれて一言も発することが出来なかった。

この少女こそ、ブレイク王国の王女、アストレア。

ローリーとアストレアはひとまずここで別れたが、すぐに顔を合わせることになる。宮殿一階の、庭園を望む食堂にて。


「私がヤグリス様に惹かれる理由は、その美貌だけではないのですよ」

ミディアは静かに言った。

「女性の価値は、若さ。つまり、美しさにだけあるのだと、考えられています」

「そのような…」

ローリーは驚く。

「ローリー様はまだお若くいらっしゃるから、そんなことは思いもよらないでしょうが。花と一緒なのです。枯れれば、捨てられる」

ミディアは哀し気に、しかし微笑みながら、ローリーに語る。

「男性は異なります。この社会で男性は、年を重ねれば経験を活かすことができる。知己を得る。おのずと政治的な地位が、上昇していくのです」

ローリーは黙って、女王の言葉に耳を傾けた。

「女性の価値というものが、若さや美しさ以外でも、推しはかられるような、新たな時代。そんな時代を、私は夢見ているのです」

「女王様…」

「夢にしかすぎませんけれど」

「あの、申し上げてもよろしいですか」

「ええ、お若いローリー様のご意見をお聞かせください」

「私の敬愛する、司祭補の女性は、マザーと呼ばれ、皆の尊敬を一心に受けておりました」

女王は頷く。

「お顔いっぱいにしわが刻まれて、御髪は真っ白であったと言われています。今は、養老院に入られたと聞いています」

「そうですか」

「私はその女性を、とても美しいと、感じました。本当です」

女王はローリーの笑顔を…いや、その内面を、とても眩く感じる。

「さすがは、ヤグリス様のご子息。なぜあのお方が輝いて見えるのか、わかった気がします」

ここで女王は、少し声を落とした。

「ところで…私の娘なのですが。アストレアは、私の影響が、いわば、良くないほうに出てしまったようで、少し、悩んでいるのです」

「僕で良かったら、お話をお聞かせください。女王様」

「ええ、私の一人娘なのです。女性の価値は見た目の美しさだけではない、という点を、すこし…違った風にとらえてしまっているようで」

ローリーの頭には、可憐なユスティアの姿が浮かんでいた。少年には女王の告白が、意外に感じられる。

扉が開き、部屋にアストレアとユスティアが入ってきた。

二人は非常に似ている。いとこ同士ではあるが、背丈も同じであって、大抵の人は双子と見紛うのだ。

ローリーも例外ではない。

「お姫様が、お二人!?」

「ローリー様」「ローリー様」

二人の姫君は同時に、口を開くが、気まずそうに黙ってしまう。

「では、国葬にいらしたのは…?」

「ユスティアです。私の姪のユスティアでございます」

ローリーはシステムを開いて二人を峻別した。そう、最初に入室してきた、向かって左の女性。アストレア。ローリーが庭で出会った少女である。爆発音とともに部屋から転がり出て来た少女だった。女王の悩みとも合致するような人物像である。

その右となりが、ユスティア。国葬でローリーと絵画を見、語らった少女である。

「勘違いしていました。葬儀に来られたのは、ユスティア様だったのですね」

ローリーはアストレアへと近づいていく。正装したアストレアは、先ほどとは印象が全く異なる。スズランのように、小さく可愛らしい存在感を放っている。ローリーはアストレアの前で礼をする。

「先ほどは…初めまして、アストレア様」

アストレアは驚く。

「私たちを見分けられるのですか?ローリー様は!」

「え、ええ…」

まさかシステムを使って判別しているなどとは言えない。アストレアのみ、ロンググローブを付けていたので、言い訳をとっさに思いつく。

「その…アストレア様だけが、腕の所、素肌を隠しておられますので…」

アストレアは驚いた。確かに、彼女は小さなやけどの跡をロンググローブで隠していたからである。アストレアは笑みを浮かべると、ぶんぶんと首を振って頷く。

「なーるほど、なるほど。さすがですねえ!ローリー様は。これはユスティアちゃんのお相手として、申し分ない知性をお持ちですよ!」

「これ、アストレア…なんです、その物言いは?」

「アストレアちゃん!?それ、どういう意味…」

ローリーは笑った。

「お気になさらないでください。女王様。アストレア様は、私を褒めてくださったんです」

「おお、すかさず入れるそのフォローも、控えめながら温かい」

女王はため息をついた。借りてきた猫の様に大人しいかと思えば、ひょうきんな態度で軽口を叩き始める、その両極端な態度。アストレアと同席する女王はいつも心休まらない。

「ローリー様が驚かれるから、もう、二人ともお掛けなさい。さあ、お茶にしましょう」

ローリーは持参した焼き菓子の籠をテーブルに出す。

「不躾かもしれませんが、とてもおいしく焼けたので、持参いたしました。母の故郷の焼き菓子で、栗が入っているんです」

「ぜひ、いただきたいですわ」

給仕が異国の紅茶を注ぎ入れて回る。とても良い香りだ。アストレアが立ち上がって、ローリーの側にやってくる。焼き菓子の籠を手にすると、一つ取り出して眺める。

「これはこれは、良く焼けておりますなあ。では一つよばれてみましょうか」

腰に手を当て、立ったままかじりつく。女王とユスティアは絶句する。ローリーはにこにことアストレアを見ていた。アストレアのこの態度、裏がありそうだと、ローリーは気づいていた。

「おいしい!とってもおいしいです!ささ、ユスティアちゃんも、食べなさい」

「ああ、よかった。お姫様に喜んでいただきたくて、持ってきたものですから。ところで、もう一つ、お土産があるんです」

「お土産?なんです?」

「アストレア!席におつきなさい!」

ローリーは護衛の騎士を呼びつける。騎士はローリーの馬車から、冊子を取って来てローリーに手渡す。

「ステフォン領に近い、北方山脈の裾野の動植物の図録です。アストレア様は幅広く学問を好まれると、聞いておりましたので」

「おお!素晴らしいですねえ。さすがローリー様。素敵ポイントがカンストしてしまいましたよ」

「はあ…まったく…何をわけのわからぬことを…」

ローリーはあくまでにこやかであるものの、女王は娘の態度にあきれ返り、ユスティアはそんな叔母の横顔を見て苦笑いを浮かべる。

ローリーがアストレアに手渡したもの。それは異母兄フランシスの手掛けた動植物の素晴らしいスケッチを、まとめて製本したものであった。アストレアは図画の精緻さに言葉を失う。

「腕の良い学者がおりまして。実は竜討伐に随行させた際に、これを完成させたんです」

「竜討伐!?」

「ええ、結局、竜には出会えなかったのですが…。よろしければ、お聞かせします。僕のちょっとした、冒険の話なんです」

アストレアは目を輝かせた。

「すごい!すごいですよ、ローリー様!これは激アツですよ!」

「アストレア!まだお茶も飲んでいただいていないというのに。ローリー様、どうかご容赦ください」

「いえ、喜んでいただけて、参上した甲斐があったというものです」

アストレアはようやく落ち着きを取り戻すと、お茶と会話を楽しんだ。だがローリーが辞去しようと腰を上げたその時、狙いすましたようにおてんば姫も立ち上がったのだった。

「さてさて、ローリー様、お礼にお見せしたいものがあります」

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