「処刑…」
言葉を失う、第一分団長ツバート。ヤグリスはそんなツバートを見つめていた。
「あなたは、かの男をよく知っているでしょう」
「ええ。サガン…よく知っています」
サガンはかつてモンテス騎士団の分団長であった。しかし、部下と決闘を行い、それが問題となって懲戒として降格処分を受け、ついには騎士資格をはく奪された経緯がある。それを警備隊長として取り立てたのが、ファルドン司祭であった。
優秀な審問官であったサガンは、いかなる罪で、処刑されることになったのか。ツバートは全く情報を掴んではいない。
「サガンは今、どこに?」
「第六分団が、グザール領へと身柄を運んでいます」
「グザールへ!?城の地下ではないのですね。団長、なぜですか?」
「ローリーがいるのです。グザールの諸侯の元に。グザールに向かいますか?ツバート」
「ええ、行かせてください。団長。通知を発していただけますか?」
ヤグリスは頷いた。これはツバートに、ファルドンの死の捜査権限が与えられる、という事を意味していた。
ツバートは思わず腕を組む。サガン…狂信的で、頑固者だ。事情聴取に応じるとは、思えなかった。
しかし、騎士団長の許可が出たのだ。ツバートはできる限りの情報を集め、報告書をまとめ、ルディン司祭に提出せねばならない。
まずはファルドンに最も近いと目される人物、サガンに接触しなければ。
サガンの拘束と、ファルドンの死。二つの線は、やはり新たな諸侯でつながるのではないかと、ツバートは考えた。
マヌーサの祝祭が迫っていた。それは、ブレイク王国の国教である、マヌーサ教の重要な宗教行事である。
犯罪者などへの恩赦が行われる一方、重罪人の処刑などは祝祭前に済ませるのが、慣例である。
サガンが処刑されるというのであれば、急がなければならない。
仮に、サガンが、一言も発しないとしても…その可能性の方が高いとツバートは考えたが…ファルドンがサガンに何を語っていたのか。それを調査しなければ、ファルドン司祭の死の真相は、明らかにならないだろう。
ツバートは独り、グザール領へ向かった。
理由は不明であるが、サガンの身柄はグザールに運ばれたという。グザール領はヤグリス騎士団長の出身地であり、諸侯であるローリーが強く影響力を有する地である。
ツバートを乗せた駅馬車が、グザール領へと到着したのは昼過ぎ。グザールはモンテスとは雰囲気を大きく異にする街である。宿や酒場が多く、路上で様々なものが売られている。ツバートは駅から第一管区を目指す。第一管区の総督はセレストという騎士であるという。
ヤグリスによれば、数日前に、第六分団がサガンらを連れて総督事務所で待機しているとの事であった。
ツバートは、貴族の邸宅の様な外観の総督事務所へと入っていった。入り口の周辺は待合室のような状態で、皆がツバートに無言で視線を送った。
グザールの騎士とは異なる、モンテス騎士団の制服は、この地域の人々の目には珍しく映ったのであろう。
「私はモンテス騎士団の第一分団長、ツバートといいます。ローリー様にお会いしたく、訪ねて来たのですが」
受付の職員に申し立てる。職員は低頭し、慌てて、二階へ駆けあがっていく。
二階からグザールの制服を着た騎士が降りてくる。
「私は総督のセレストといいます。ローリー様にお会いしたいという事でしょうか」
セレストはツバートと握手を交わす。
「ええ、諸侯ご就任のパーティーに出席されたと、伺っています」
「ちょうど近くにいらっしゃいますよ。すぐに案内させます」
ツバートは若い職員とともに、近くの教会を訪れる。
「騎士様、ここはローリー前総督が設置を主導した、学校です」
ツバートは、かつて孤児院があった場所へと案内される。そこはローリーとアムリータが出会った慈愛の水がめ教会であり、廃止された孤児院に代わって、孤児や管区の貴族以外の子どものための学校が設立されていたのだ。
「ローリー様は、あの若さでしっかりとした思想をお持ちだ。しかもその思想は、時代に先んじている」
ツバートがつぶやくと、職員もうなずいた。
「まだ出来たばかりですが。セレスト様はこの教育機関を重視し、引き継がれているのです」
ツバートは校舎の裏に回り、驚いた。そこには第六分団の副団長ら5名の騎士と、僧衣をまとったサガンがいたのだ。サガンは腰縄でつながれた状態であった。
「サガン殿…!」
副分団長が、ツバートを認めて、敬礼するも、意外な登場に困惑している様子であった。
「ツバート分団長!?なぜあなたが」
ツバートは懐からヤグリス直筆の団長通知を取り出して、その場の皆に見せる。
「ファルドン司祭の事故死について、私に調査権限が与えられている。サガン前警備隊長に事情聴取したい」
サガンはツバートと目を合わせようとしなかった。責任者である副分団長に歩み寄る、ツバート。
「サガン殿が処刑されるというのは、本当か?」
「ええ、軍事裁判の決定です」
「罪状は?」
「すみません、私共には…」
サガンを見つめる、ツバート。
「サガン先輩、貴方はこの処分に、納得されているという事ですね?」
やはり、サガンは答えなかった。
「サガン先輩。モンテスの全てのものが、ファルドン司祭の死について、口を閉じてしまっている。このままでは、ファルドン司祭にあらぬ嫌疑が及んでしまいます。それはあなたの本意ではないでしょう?」
サガンがじろりと、ツバートを睨んだ。ツバートは心に苦笑いを浮かべる。サガン、本当に、嘘を付けぬ男だ。
「サガン殿は如何なる罪状で、この様な処分を被ったのですか?」
「…我が身の罪は…ローリー様の竜討伐隊、その進行を妨害した、軍律違反である」
「それは事実なのですか!?」
当然、ツバートには初耳であった。だが、竜討伐隊は遠征の途中、インスール帝国の兵らと戦闘状態に陥ったとの事。
サガンは答えなかったが、それは肯定を意味するのであろう、とツバートは考える。
「サガン殿。ファルドンの盾は、インスールの兵と果敢に戦われたと聞いています。おそらく、あなただってそうでしょう」
サガンとツバートの目が合う。
「ローリー様の討伐隊の進行を妨害するように…なぜファルドン様は、あなたにそのように命じたのですか?」
これは核心をついた問いであった。ファルドンとローリー、いずれも諸侯候補として有力視されていた二人。やはりこの件の背後には、モンテスの権力争いの影が落ちていると、ツバートは確信した。
沈黙、それもまた、一つの手がかり、証拠である。
ツバートは懐から紙束を取り出し、覚書を作り始める。
だが不意に、サガンが口を開いた。
「…ファルドン猊下は…真にモンテスのために働いておられた。信仰深く、マヌーサの教えを、このモンテスで実践していたお方なのだ」
ツバートは頷く。充分であった。この老人がここまで口を開くとは、正直、期待していなかった。あとは状況証拠から、ファルドンの内心を推理するほかない。そう、結局のところ、人の心というものは、他人には推し量る事しかできない。
しかし、狂信的といえるファルドンの従者が、この様に…土壇場にあっても…落ち着きを見せているという事実は、ファルドンが無念のうちに殺されたという推測を否定する、大きな手掛かりとなるのではなかろうか…。
その時、ツバートは数名の人たちが校舎からこちらへ向かってくる気配を感じる。
二人の女性に挟まれた、少年。まさしくローリーである。その後ろに、部下である2名の騎士を連れ立っていた。
「ローリー様!」
「ツバート分団長!」
ローリーはツバートに近寄り、握手を交わす。
「…サガン前隊長の、処分をお見届けに来られたんですか?」
「いえ、違います。ローリー様。実は、ルディン司祭の依頼で、ファルドン司祭の事故死の調査が始まったのです」
書状をローリーに渡すツバート。
「団長からは釘を刺されましたがね」
「と、言うと?」
「モンテスの新たな歴史は、進み始めたのだと」
ツバートは微笑んだ。ローリーは渋い顔をした。
「…皆を欺瞞する気はありません、しかし…ファルドン司祭は、私の師であり、親族であり…その死はモンテス家の一族の問題なのです」
ツバートは頷く。
「モンテス家が、諸侯の一族として、公にできない、事実があるんです…」
宗教界を代表するファルドンが、騎士団長の息子でもあるローリーを謀殺しようとしたこと。ファルドンにかけられた嫌疑それ自体が、聖職者と騎士とが調和を保っているモンテス領を動揺させる恐れが高かったのだ。誰か一人を悪と断じて、済まされる事態とは言えなかった。
だがその忖度は、裏目に出て、今や城内には憶測が広まっている。ローリーはそれが悔しく、無念であった。
そんなローリーを、ツバートの鋭い眼光が射貫いていた。
「心得ています。ですから、私が聴取した範囲で、報告書をまとめさせていただきます。これはヤグリス様の命令ですから」
ローリーは頷いた。
それから、少年は巨人のようなサガンに向かって、ゆっくり歩んでいった。
「サガン殿。軍律に従い、私はあなたを処刑することに決めました」
ローリーが腰の剣に、手をかける。
「異議や、申し開きは、ありますか?」
少年の両隣りに、部下のコモドーとブレーナーがやってきて控えた。
サガンは自身の腰の高さほどしかない、少年を見下ろす。
「…なにもございませぬ。愚生は…モンテスに背いた不忠者ゆえ」
静かに語り、目を閉じる。
「速やかに処刑していただきたい」
ローリーが頷く。剣を抜き放つ。空気が凍り付いた。