モンテス騎士団、第一分団は式典において旗手や儀仗隊などを務める、騎士団の花形である。
その構成員はモンテス領内の有力貴族出身者のみで固められており、エリート集団と目されていた。
だが、第一分団の名を高めているのは、
第一分団は犯罪捜査を行う権限を団長から付与されているのだ。
分団長はツバート。三十代、男性。文武両道にして、冷静沈着な男である。
分団長に任命されてから五年ほどではあるが、すでに様々な犯罪捜査を担当してきた。
彼は容疑者の身柄を拘束し拷問にかけるなどという乱暴な手法を用いない。
凶器の特定、動機認定、アリバイつぶしなど、丁寧に状況証拠を押さえて真実に迫るのが、彼の捜査スタイルである。
確かに、この時代においては科学的捜査手法が限られているため、犯罪事実の有無に関しては自白が重視されすぎるという問題もあった。しかし宗教界の影響力が強いモンテス領では、法の適正な執行を使命とする律法学者が、騎士団の動向に常に目を光らせている。そうした緊張関係が、ツバートの生来のまじめさと相まって、彼の姿勢を決定付けた。
ツバートは独り、騎士団、本団の管理する文書収蔵庫を訪れていた。
本団は騎士団の事務を担当し、また犯罪捜査資料などの保管も担当している。
すでにモンテス城は、モンテス八世の国葬儀式準備のためにあわただしく動いており、第一分団とて例外ではない。
むしろ、式典こそが第一分団の主たる任務であり、戦場であると言えた。
それにもかかわらず、ツバートは独り資料室で何かを探している。
ため息をつくツバート。目当てのものは見つからなかったようだ。
彫が深く、切れ長の美しい青い瞳。きちんとオールバックにまとめた金髪が、彼の理論的な内面を表しているかのようだ。
信仰深いツバートは、若き諸侯、ローリーの人柄を高く評価し、また尊敬してもいた。
ツバートはバスチオン裁判で、ローリーの証人尋問や、弁論を直接目にしていた。ローリーの知識は付け焼刃ではなく、王国の刑法を深く理解していたと、ツバートは感じた。
それだけに…彼には耐えがたいのだ。ローリーの師、ファルドンの不可解な死にまつわる噂が。
ファルドン司祭がモンテス公の執務室の前で自殺した、というニュースは騎士団にも衝撃を与えた。
その後速やかに騎士団長より、ファルドン司祭の自殺に関して、一切の目撃情報が封じられ、情報収集さえ禁じられたのだ。
ツバートは思う。ファルドン司祭はおそらく、自殺などしていない。彼は殺されたのだ。そしてその事実を、騎士団よりも権限ある組織が封じ込めている。
なぜなら、マヌーサ教において自殺は基本的には許されないからである。信仰深いファルドン司祭が教えに反して自殺など行うはずが無い。さらに客観的証拠である凶器が、自殺という結論に疑念を生じさせる。用いられたのは騎士の剣であって、自分で胸に突き刺すには刃渡りが長すぎるのだ。
ツバートは知りたいと思う。真相を。しかしその一方で、彼の探求心を支えてくれるような法的根拠はどこにもなかった。
彼は第一分団長。たとえ、犯罪捜査権限を有しているとしても、それは団長に命じられた範囲内で、という留保がついているのだ。
誰も口には出さないが、モンテス城の者たちは皆、この様に考えていた。
つまり、諸侯候補であるファルドン司祭を、ローリーが謀殺したのである、と。
ツバートは忠誠に篤い騎士である。主君であるローリーに対する疑念を払いたいと思う。
ツバートはモンテス宗教警備隊のメンバーに秘密裏に事情聴取を試みた。ファルドンの盾と呼ばれた彼らは、現在はルディン司祭の下で儀式の警備などを行っている。
ファルドンの腹心と呼ばれていたサガンは牢に捕らえられ、騎士団長ヤグリスの許可なくしては面会できないとの事であった。
さらにその他のメンバーは、やはりファルドン司祭の事故死の現場には立ち会ってはいないようであった。
「最初の鍵は、ヤグリス様という訳か」
ツバートは独り言ちた。ヤグリスの執務室に向かう。国葬儀式の準備についての相談、という建前を用意して。
「団長、おいでになりますか?第一分団、ツバートが参りました」
ヤグリスの部屋の前で、声をかける。
すると突然、扉があく。ドレス姿のヤグリスが現れ、ツバートは驚いた。
「…これは、失敬致しました」
「いいのです。もうあれこれ忙しくって。着替える暇もない」
ヤグリスがツバートを招き入れる。部屋には誰もいないようであった。
ここの所、ヤグリスはあまり表には出ず、実質的な騎士団の指揮は第二分団長のウィリアムと、ツバートが執り行っていた。騎士団の中では、ヤグリスの引退、という根拠のない噂すら、広まっていた。
「儀式、警備、護送における騎士団の配置計画、大まかですが文章としてあります。御覧になりますか?」
「いえ、大丈夫です。ありがとうツバート。優秀な部下をもって、私も気持ちが楽です」
ツバートはヤグリスに手渡そうとした文章の束を、再びわきに抱えた。
「あとはブレイク王室からの回答待ちですね」
「はっ。備えは整っております」
「あまり無理をさせて、当日に支障をきたさないように」
ヤグリスが笑う。ツバートは思う。ヤグリス様は変わられた、と。
ドレスを御召しになっているせいだろうか。このように自然な笑顔を浮かべられることは、今まではまず、なかった。
ツバートは目を伏せる。やはり、お美しい方だ。
「ローリー様のご就任の式典も、騎士団総出で行うべきであったと、私は考えます」
ヤグリスがほほ笑む。ツバートの発言は忠誠から出たものあったが、彼は、騎士が主君の振る舞いについて意見することは不敬にあたると思いなおした。
「出過ぎた発言でした。お許しください」
ヤグリスは頷く。
「新たな諸侯は、ローリーは、日が浅い。どうか騎士団がサポートしてあげてください」
「もちろんです。ところで、ヤグリス様。しばし、お時間はありますか」
「ええ、何か」
いつになく真剣な、ツバートの表情。
「率直に申し上げますと、実は、教会からファルドン司祭の死について、報告書の提出を求められています」
「なるほど、教会は、あなた個人に、事故の詳細について捜査してほしいと、依頼したのですか」
「ええ、その通りです」
ヤグリスはこのような事態を予期していた。確かに、詳細不明のまま事故死、として処理するには、ファルドン司祭は影響力を持ちすぎていた。
「ツバート、残念ですが、すでに調査が終わってしまった事故の捜査権限を、あなたに付与することは、できません」
「ファルドン司祭の逮捕手続きは、ヤグリス様ご自身が執行されたとか」
「ええ。それは事実です。しかし…」
ヤグリスは思い返していた。あの時、一体何が起きたのか。その場にいたヤグリス自身にさえ、不明瞭で不可解であった。
「私見を…いえ、職務上の意見を述べさせて頂いてもよろしいでしょうか、団長」
「ええ、どうぞ。隠さずに、お言いなさい」
「ファルドン司祭は殺害されたのではないか、という見立てが、城内で広がっているようなのです。しかし、このような邪推がなされるのには、理由があります」
ヤグリスは頷いた。
「ファルドン司祭の影響力にかんがみれば、正式に事後調査をして、一応の報告書の形式で結論をお出しになったほうが、よろしいのではないかと。第一分団長の立場として、思うのです」
ヤグリスは目を閉じ、頷いた。
「ツバート。あなたの言う通りかもしれません。私としたことが…。事を急ぎすぎたようですね」
ツバートはヤグリスの本心を見極めようと、じっと彼女を見つめた。
「しかし…モンテスの歴史はすでに動き始めました」
しばらくの沈黙の後、ヤグリスは語り始めた。
「モンテス騎士団に犯罪捜査権限が与えられているのは、諸侯の治世に資する限りにおいて、なのです」
「ヤグリス様は…事実をご存じ無いのですか?」
ヤグリスは黙ってしまった。自分の見たことに、確信が持てない。ファルドンは自殺したのか、それとも、バスチオンに殺されたのか。
「ずっと、気になっていたのです。ファルドン司祭は、いかなる容疑にて逮捕されたのですか?」
ファルドンはローリーの殺害を計画したとして逮捕された。しかし、この事実は隠され、逮捕手続きもヤグリス自身が行ったのだ。これは、モンテス領内の聖職者と、騎士の対立を助長する事を恐れての措置であった。ヤグリスは今でも、信じられなかった。ファルドンとローリーはお互いを尊敬しあっていたはずだ。
「ツバート。私の立場では、この件について語れることが少ないのです。もし…」
ヤグリスは窓際の席に座った。
「もし、ファルドン司祭の事故死について、改めて調査を希望するのであれば、私が命令をすることができます。しかし、時間は残り少ない」
「と、おっしゃいますと!?」
「ファルドンの腹心とされた審問官、サガンは、近く、処刑されます」