灯の落ちた部屋で、ベッドに腰かけ窓の外を見ていた、ローリーとフリージア。フリージアだけが、異変に気づいていた。
「ローリー様、あれ…!」
フリージアは無意識にローリーの背後に回って、その肩を抱く。驚くローリー。フリージアの温かい身体と、洗髪剤の香りを感じる。
「あ、あれって、何?」
フリージアの急接近にどぎまぎするローリー。青い小さな光の玉が、窓を通り抜けて、ふわふわ漂いながら、ゆっくりとフリージアに迫っていく。しかし、少年には不気味な光が見えていないらしい。
「ちょっと、ローリー様!」
幽霊!?フリージアは恐怖でローリーを後ろから抱きしめる。
「ちょっ、フリージア!?」
後ろにひっくり返りそうになるローリー。思わずフリージアの腕をつかんだ。
フリージアの目がくらむ。まばゆい光。フリージアは恐怖を感じる。しかし、何も起こらない。
ゆっくりと目を空ける。
…部屋の様子が、照明が、おかしい。なんだか、燃え残りのように隅がぼんやりと明るくなっている。しかし、それは温かな火の色味ではない。なんだか寒々しい不気味な青い光なのだ。
フリージアは、同時にローリーにも強い違和感を覚える。その身体が一回り大きくなったように感じる。胸の高さにあった少年の可愛らしいオレンジの髪が、今は目の少し上の高さにあるのだ。驚き、後ずさるフリージア。
「ローリー様!?」
フリージアは驚愕した。目の前に、背の高い男性が座っている。男性が振り向く。その表情は、心配そうで、何か物問いたげだった。
「ど、どうしたの?フリージア」
青年はフリージアに声をかけると、近寄る。反射的に、手を突き出すフリージア。この人は、誰!?
似ている…ローリー様に、あまりにも似ている!
オレンジ色のくせ毛。伸びて、肩に届いている。大きく、美しい空色の瞳。ローリーにとても良く似た、美青年なのである。声は少し低く、男らしい印象。
まるでローリーだけが、魔法の力で成長してしまったかのよう。
「大丈夫かい…?フリージア」
心配そうに声をかけて、青年がフリージアを覗き込むように見つめる。
その声、その話し方。ローリーだった。間違いない。目の前の青年は、まぎれもなく、ローリーなのだ。
青年は上半身裸である。先ほど、包帯を巻いた左腕にそっと触れるフリージア。盛り上がって少し白くなった、矢傷の名残がある様だった。
「嘘…嘘!嘘!そんな…!?ローリー様が、大きくなった!?」
青年は腕組みして、フリージアを睨みつける。
「…それは、何かの仕返しなのかい?君を怒らせるようなことを、何かしたのかな?」
思わず笑いだすフリージア。信じられない。再び、目の前の青年を見つめる。ローリー様が、大人になった!?
「…せっかく久しぶりに、二人っきりになれたのにさ」
ローリー様は少し怒っているみたいだ。フリージアは笑い出したことを詫びて、ローリーの顔をじっと見つめる。
胸の鼓動が、早くなっていく。
「…夢、みたいです」
「えっ?何?」
「夢ですよね?どう考えたって。だって、ローリー様が、こんなに素敵な男性になっているなんて」
私はさっき、ふと、考えたんだ。ローリー様が八歳ではなくて、もっと齢を重ねた男性だったらって。
こんなに胸が苦しいなんて。ドキドキして、嬉しさで倒れてしまいそうだ。
よくわからない。何が起きたのかは全く分からない。でも、こんなに素敵な夢って、あるだろうか。
成長したローリーは、この状況に全く疑問を抱いていないように思える。もし、フリージアとローリーが、現実とは異なる別の出会い方をしていたら…そんな空想が形を持ったかの様に、不思議な時間が流れはじめていた。
「ローリー様、好き」
「急に…おかしいな。フリージアは」
ローリーは笑って、頭をかく。フリージアににじり寄る。
「フリージアがなんだか変だから、ちょっとドキドキしてきちゃったじゃない」
ローリーがフリージアの髪に触れる。肩に優しく手をかける。それから…青年はフリージアの胸元、寝間着のボタンに触れた。
「ごめんなさい。あの、ローリー様。これって、夢ですよね?なんだか、とても、はっきりした夢…」
ローリーは丁寧に寝間着をたたむと、ベッドに置いた。
「さあ、もういいから。お布団に入ろうよ。寒いから」
ローリー様…かっこいいです。ローリー様ってこんな風に成長されるんだな…何歳なんだろう。
ローリーがフリージアの素肌に触れる。フリージアの心臓が、喜びで大きく跳ねる。
「なんだか、今夜はとてもうれしそうだね、フリージア」
「ええ、嬉しいですよ。だって、ローリー様とこうやって、同じ場所で」
「僕も久しぶりだから…なんだか、恥ずかしいや」
ローリーはフリージアを抱き寄せる。ローリーの手は暖かだった。ローリーの鼓動が、フリージアに伝わってくる。
「…ねえ、いいかな?フリージア」
「ええ。あの、ローリー様は、私の事、好きですか?」
「うん。大好きだよ」
「じゃあ、キスしてもらえますか」
「うん」
「いっぱいしてください。ね?いつもトレッサ様にしてるみたいに。私にも…」
フリージアの心に喜びが広がっていく。夢なんだから、うんと甘えてやれ。フリージアはローリーに身をゆだねる。
もう…ローリー様ったら…本当に、女たらしなんだから!
「ちょっと、ローリー様。どこで覚えたんですか?こういう事」
「えっ」
「ずいぶん、慣れてるみたいですけど」
「そうかな…それは多分、君のせいだと思うけどな」
「えっ!?」
「だってフリージアが…こういう時…いっつも、可愛いから…」
それは多分、夢だったのだろう。フリージアの気持ちに応えたい、そう願ったローリーが、無意識にシステムの力で作り上げた、幻想。それを二人は共有したのかもしれない。
素敵な夜だった。忘れられない夜だった。
だから夜明けはゆっくりやってきた。
フリージアは薄暗い室内で目覚める。鋭い鳥の声が響いている。昨日の夢を思い出し、ハッと起き上がる。彼女は全裸だった。大きなくしゃみ。慌てて下着を探す。冷たい石の床に寝間着と下着が落ちている。急いで布団にもぐりこむ。
そうだ!ローリー様!?横を見ると、背を向けてうずくまるようにローリーが寝ている。そこにいるのは…やはり八歳の少年だった。裸で寒そうに、リスの様にうずくまっている。思わず笑うフリージア。
布団の中で慌てて服を着る。
自分の身体を調べてみる。身体に異変は無いようであるが…昨日は、すごい夢を見てしまった。あまりにもはっきりした夢。そう、大人になったローリー様と、私は…ああ、なんてことだろう!
ローリー様…素敵でしたよ。その小さい背中に頬を寄せる。フリージアの顔からは笑みがいつまでも消えない。
城の中は静まり返っていた。どのお城でもパーティーの後は大抵、遅く始まるのだ。
フリージアはローリーの脱いでしまった服を集めてベッドに置くと、ローリーの隣で再び眠り始めた。
ロマンチックな夜の、名残を抱き寄せるように。