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第57話 あなたに恋して

まるで夢物語のよう。着飾ったフリージアは、お城のパーティーで、あこがれの王子様に手を引かれて…。

素敵な夜になるはずであった。

忘れられない夜に。

しかし…。


フリージアは部屋で独り、べそをかいていた。

下着姿が寒々しい。グザール城の来客用の空き室、そのベッドに腰かけて、うなだれている。

私は…なんてことを!柔らかなベッドを殴りつける。

うら若き乙女の失態を描写することは、筆者としても気が咎めるが。早々に打ち明けてしまった方が、彼女もすっきりするだろう。

手短に言うと…つまり…フリージアはパーティーで食べ過ぎ、お酒を飲みすぎて、胃の中身全て戻してしまったのであった…。

なお、具合が悪そうなフリージアを急いで庭影に連れて行き、その後も介抱したのは全て、ローリーである。

幸いにして、フリージアの失態を知っている者は、誰もいない。

フリージアは完全に自己嫌悪に陥っていた。

ローリー様の前で、私は何という事を…!神様、どうか、ローリー様の記憶から私を消し去り給え!

ベッドに顔をうずめる、フリージア。

ローリー様の前でかっこつけて、お酒を飲みすぎたわ…あと…多分、腸詰を少し食べ過ぎたわ…あと…ああもう!

うおおっ…神よ!なぜ、モンテス家のために懸命に働いている私に、この様な罰をお与えになったのですか!

控えめなノック。フリージアは我に返る。扉が薄く開いて、ローリーが入ってきた。

「ごめん、フリージア。大丈夫?」

「…大丈夫です」

不愛想にフリージアが言った。ローリーは湯のみを持ってきた。

「はいこれ。あと、着替えを持ってきたんだけど」

ローリーはメイドたちが使う寝間着を持っていた。フリージアの下着姿を見ないように、うなだれながら差し出す。

「…スミマセン。ローリーサマ」

「そんなに気にしないで」

ローリーは想像以上に憔悴しょうすいしたフリージアを目にして、あせる。

「フリージアは凄いや」

「…」

「ドレスはぜんっぜん、汚れていなかったから!上手に、吐いたね…」

励ましの言葉かけが裏目に出た事に気付いてしまい、ローリーは押し黙った。

フリージアは寝間着になって、白湯を飲み始める。

「ありがとうございます。ローリー様」

「うん。どう?」

「大丈夫です、私は。ローリー様に迷惑をかけてしまって。お側仕えとして、許されないことだわ」

「いや、そんなことはないよ。ごめんね。僕の代わりに、お酒を飲ませすぎてしまって…」

「調子に乗ってお酒を飲んだのは、私の失敗ですから」

「フリージアがもし死んでしまったら、僕はやっていけないから」

ローリーはフリージアの隣にかける。フリージアをなんとか励まそうと思ってのことだった。笑うフリージア。

「もう、どこの誰が、お酒の飲みすぎで死んだりするんです?」

「いや、死んだ人がいるって話を聞いたからさ」

「あーもう、最悪です」

フリージアは笑った。

「ローリー様と一緒に、お城のパーティーに出るなんて。あんな素敵なドレスで。夢みたいだったのに。私の人生で一番の、ご褒美だったのに!」

「でも、皆、フリージアを見て、素敵ですって、言ってたじゃないか」

「私のせいで、ローリー様は中座を…」

「気にしないで。僕はいつも早引きするから。そう、この間、サンダーと来た時も、そうだった」

実はこの部屋は、かつて宴会の後にローリーとサンダーが寝泊まりしていた部屋である。一人部屋であり、護衛のサンダーは床で寝ていた。

「フリージアは、今日はこのベッドで寝てね」

ローリーがにこやかに言う。驚くフリージア。

「ローリー様はどこで寝るんです?」

「僕は床で寝るよ。いいじゃないか。今日はフリージアが、僕のお姫様なんだから」

「そんな!」

「いつものお返しだよ。ねえ、フリージア、本当に具合は大丈夫なのかい」

「ええ、ローリー様とお話していたら、だんだん元気になってきました」

フリージアはその時、気づいた。ローリーは左腕に矢傷を負っていることを。

「そうだ、ローリー様。お怪我しているんでしょう?包帯を取り替えます」

「ありがとう、フリージア」

フリージアはしゃんとすると、厨房に行き、手桶に湯を入れると戻ってくる。新しい蝋燭に灯をともすと、部屋はより明るくなる。

「ローリー様の石鹼を、ちゃんと持っていますよ」

ローリーの左腕を優しく洗ってやるフリージア。傷はほとんどふさがっており、痛々しいがすっかり良くなっている。洗った後に、新しい端切れを包帯とする。

「ありがとう、フリージア。もう全然、大丈夫だ」

「一緒にお身体も洗っておきますか?」

「いや、それはいいよ。恥ずかしいし」

ローリーも寝間着になる。

「今日は僕がかわりに洗ってあげようか?」

ローリーが冗談を言う。フリージアはいたずらっぽく微笑んだ。

「ローリー様は、私の裸が、見たいんですか?」

「いや、そういう訳じゃない」

顔を赤くして、黙るローリー。

フリージアはそんなローリーを見て、胸が熱くなっていく。

ローリー様を困らせてやれ。ローリー様に私のうんと恥ずかしいところを見られてしまったのだから、お返しよ。フリージアはいつもよりずっと、ローリーに大胆な態度になっていた。

「でもローリー様、たまに、私の湯浴みを覗いてますよね…?」

「えっ…」

見つめあう二人。やがてローリーは気まずそうに、目をそらしてしまう。

「…いいんですよ?私はあなたの側仕えなんだから。ローリー様になら…その…どうされたって、私…」

言ったそばからフリージアは後悔したが、もう遅い。発してしまった言葉は、もう返ってはこないのである。

フリージアの鼓動が早まる。その一方で、わかってもいた。この恋は実らないのだと。なによりも、ローリーはまだ八歳なのである。

いかに早熟な子どもであっても、恋だとか、男女の愛だとか、そういう気持ちは生理的に沸いてこないはずなのだ。

それは当然、フリージアにしたってそうである。フリージアだって未だ、恋愛がどういうものなのかは、はっきりとはわからない。乙女にとって未知の世界の事なのだ。

不意に、レイザーの真剣な眼差しを思い出すフリージア。少しだけ後ろめたさを感じる。

しかし、フリージアはローリーに自分の思いを伝えてしまったことで、気が楽になった。

こんな風に二人きりでゆっくり話すことはなかったから。これが怪我の功名ってやつなのかな。ちょっぴり自嘲の笑みを浮かべる。

「…私、ローリー様が好き」

フリージアがローリーを見ると、少年もまっすぐに見返してきた。ローリーは精一杯、フリージアの好意を受け止めようとしていた。

「僕だって、そうさ」

「…そういう好きじゃないです。男性として、魅力的というか」

フリージアはため息をついた。

「ローリー様が、もうちょっと、私と齢が近かったら、な」

「僕がもう少し、年を取ってたら、どうなの?」

「どうって、それは…多分…ロマンチックな夜になるのになって」

「恋人同士みたいに?」

不意に、蠟燭の火が消える。部屋は暗くなり、目が慣れると、窓の外に星が輝いていた。冬の星座だ。

ローリーはぼんやりと考えていた。好きにも、色々な種類があるんだろう。

たぶん、前に、お兄様が言っていた好きは、恋人同士の好きなんだろう。そう、お兄様は、僕のお母さんを、愛していると言っていた。

フリージアは、いわば僕のお姉さんだ。大切な人だ。とても。だから、好きだけど…多分、それは恋人同士の好きとは違うんだろう。

ローリーはフリージアの気持ちに応えられず、残念に思う。

僕がお兄様みたいな、かっこいい青年だったら、きっとフリージアはロマンチックな夜を過ごしていたんだろう。


二人は静かに、窓の外の星々を眺めていた。その時、フリージアは、遠くに不思議な光を見つけた。星とは異なる、ゆらゆらと漂うような、小さな青白い光。なんだろう…?

「ローリー様、あれ、何でしょう?」

フリージアは指さす。小さな青白い光は、ゆっくりとこちらに向かってきた。

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