まるで夢物語のよう。着飾ったフリージアは、お城のパーティーで、あこがれの王子様に手を引かれて…。
素敵な夜になるはずであった。
忘れられない夜に。
しかし…。
フリージアは部屋で独り、べそをかいていた。
下着姿が寒々しい。グザール城の来客用の空き室、そのベッドに腰かけて、うなだれている。
私は…なんてことを!柔らかなベッドを殴りつける。
うら若き乙女の失態を描写することは、筆者としても気が咎めるが。早々に打ち明けてしまった方が、彼女もすっきりするだろう。
手短に言うと…つまり…フリージアはパーティーで食べ過ぎ、お酒を飲みすぎて、胃の中身全て戻してしまったのであった…。
なお、具合が悪そうなフリージアを急いで庭影に連れて行き、その後も介抱したのは全て、ローリーである。
幸いにして、フリージアの失態を知っている者は、誰もいない。
フリージアは完全に自己嫌悪に陥っていた。
ローリー様の前で、私は何という事を…!神様、どうか、ローリー様の記憶から私を消し去り給え!
ベッドに顔をうずめる、フリージア。
ローリー様の前でかっこつけて、お酒を飲みすぎたわ…あと…多分、腸詰を少し食べ過ぎたわ…あと…ああもう!
うおおっ…神よ!なぜ、モンテス家のために懸命に働いている私に、この様な罰をお与えになったのですか!
控えめなノック。フリージアは我に返る。扉が薄く開いて、ローリーが入ってきた。
「ごめん、フリージア。大丈夫?」
「…大丈夫です」
不愛想にフリージアが言った。ローリーは湯のみを持ってきた。
「はいこれ。あと、着替えを持ってきたんだけど」
ローリーはメイドたちが使う寝間着を持っていた。フリージアの下着姿を見ないように、うなだれながら差し出す。
「…スミマセン。ローリーサマ」
「そんなに気にしないで」
ローリーは想像以上に
「フリージアは凄いや」
「…」
「ドレスはぜんっぜん、汚れていなかったから!上手に、吐いたね…」
励ましの言葉かけが裏目に出た事に気付いてしまい、ローリーは押し黙った。
フリージアは寝間着になって、白湯を飲み始める。
「ありがとうございます。ローリー様」
「うん。どう?」
「大丈夫です、私は。ローリー様に迷惑をかけてしまって。お側仕えとして、許されないことだわ」
「いや、そんなことはないよ。ごめんね。僕の代わりに、お酒を飲ませすぎてしまって…」
「調子に乗ってお酒を飲んだのは、私の失敗ですから」
「フリージアがもし死んでしまったら、僕はやっていけないから」
ローリーはフリージアの隣にかける。フリージアをなんとか励まそうと思ってのことだった。笑うフリージア。
「もう、どこの誰が、お酒の飲みすぎで死んだりするんです?」
「いや、死んだ人がいるって話を聞いたからさ」
「あーもう、最悪です」
フリージアは笑った。
「ローリー様と一緒に、お城のパーティーに出るなんて。あんな素敵なドレスで。夢みたいだったのに。私の人生で一番の、ご褒美だったのに!」
「でも、皆、フリージアを見て、素敵ですって、言ってたじゃないか」
「私のせいで、ローリー様は中座を…」
「気にしないで。僕はいつも早引きするから。そう、この間、サンダーと来た時も、そうだった」
実はこの部屋は、かつて宴会の後にローリーとサンダーが寝泊まりしていた部屋である。一人部屋であり、護衛のサンダーは床で寝ていた。
「フリージアは、今日はこのベッドで寝てね」
ローリーがにこやかに言う。驚くフリージア。
「ローリー様はどこで寝るんです?」
「僕は床で寝るよ。いいじゃないか。今日はフリージアが、僕のお姫様なんだから」
「そんな!」
「いつものお返しだよ。ねえ、フリージア、本当に具合は大丈夫なのかい」
「ええ、ローリー様とお話していたら、だんだん元気になってきました」
フリージアはその時、気づいた。ローリーは左腕に矢傷を負っていることを。
「そうだ、ローリー様。お怪我しているんでしょう?包帯を取り替えます」
「ありがとう、フリージア」
フリージアはしゃんとすると、厨房に行き、手桶に湯を入れると戻ってくる。新しい蝋燭に灯をともすと、部屋はより明るくなる。
「ローリー様の石鹼を、ちゃんと持っていますよ」
ローリーの左腕を優しく洗ってやるフリージア。傷はほとんどふさがっており、痛々しいがすっかり良くなっている。洗った後に、新しい端切れを包帯とする。
「ありがとう、フリージア。もう全然、大丈夫だ」
「一緒にお身体も洗っておきますか?」
「いや、それはいいよ。恥ずかしいし」
ローリーも寝間着になる。
「今日は僕がかわりに洗ってあげようか?」
ローリーが冗談を言う。フリージアはいたずらっぽく微笑んだ。
「ローリー様は、私の裸が、見たいんですか?」
「いや、そういう訳じゃない」
顔を赤くして、黙るローリー。
フリージアはそんなローリーを見て、胸が熱くなっていく。
ローリー様を困らせてやれ。ローリー様に私のうんと恥ずかしいところを見られてしまったのだから、お返しよ。フリージアはいつもよりずっと、ローリーに大胆な態度になっていた。
「でもローリー様、たまに、私の湯浴みを覗いてますよね…?」
「えっ…」
見つめあう二人。やがてローリーは気まずそうに、目をそらしてしまう。
「…いいんですよ?私はあなたの側仕えなんだから。ローリー様になら…その…どうされたって、私…」
言ったそばからフリージアは後悔したが、もう遅い。発してしまった言葉は、もう返ってはこないのである。
フリージアの鼓動が早まる。その一方で、わかってもいた。この恋は実らないのだと。なによりも、ローリーはまだ八歳なのである。
いかに早熟な子どもであっても、恋だとか、男女の愛だとか、そういう気持ちは生理的に沸いてこないはずなのだ。
それは当然、フリージアにしたってそうである。フリージアだって未だ、恋愛がどういうものなのかは、はっきりとはわからない。乙女にとって未知の世界の事なのだ。
不意に、レイザーの真剣な眼差しを思い出すフリージア。少しだけ後ろめたさを感じる。
しかし、フリージアはローリーに自分の思いを伝えてしまったことで、気が楽になった。
こんな風に二人きりでゆっくり話すことはなかったから。これが怪我の功名ってやつなのかな。ちょっぴり自嘲の笑みを浮かべる。
「…私、ローリー様が好き」
フリージアがローリーを見ると、少年もまっすぐに見返してきた。ローリーは精一杯、フリージアの好意を受け止めようとしていた。
「僕だって、そうさ」
「…そういう好きじゃないです。男性として、魅力的というか」
フリージアはため息をついた。
「ローリー様が、もうちょっと、私と齢が近かったら、な」
「僕がもう少し、年を取ってたら、どうなの?」
「どうって、それは…多分…ロマンチックな夜になるのになって」
「恋人同士みたいに?」
不意に、蠟燭の火が消える。部屋は暗くなり、目が慣れると、窓の外に星が輝いていた。冬の星座だ。
ローリーはぼんやりと考えていた。好きにも、色々な種類があるんだろう。
たぶん、前に、お兄様が言っていた好きは、恋人同士の好きなんだろう。そう、お兄様は、僕のお母さんを、愛していると言っていた。
フリージアは、いわば僕のお姉さんだ。大切な人だ。とても。だから、好きだけど…多分、それは恋人同士の好きとは違うんだろう。
ローリーはフリージアの気持ちに応えられず、残念に思う。
僕がお兄様みたいな、かっこいい青年だったら、きっとフリージアはロマンチックな夜を過ごしていたんだろう。
二人は静かに、窓の外の星々を眺めていた。その時、フリージアは、遠くに不思議な光を見つけた。星とは異なる、ゆらゆらと漂うような、小さな青白い光。なんだろう…?
「ローリー様、あれ、何でしょう?」
フリージアは指さす。小さな青白い光は、ゆっくりとこちらに向かってきた。