バスチオン、あなたは人間であるはずだ。
ファルドン先生は責任の重圧から、錯乱してしまったのだと、お兄さまは言っていた。
バスチオンが先生に剣で刺された出来事だって、僕の見間違いに違いない。それはあまりにショッキングな出来事だったから。
システムの光が周囲を包む。ローリーにしか感知できない、謎の存在、システム。
それは多様な情報を人間から切り離して記録、管理可能な、強力な道具である。
ローリーはただ独り、システムを扱えるがゆえに神童と呼ばれていた。
システムはローリーが見聞きした情報、ほぼすべてを分析、試験できるのだ。
バスチオンは人間だ、もちろん、そうだろう?システムの青白い光が眼前のバスチオンに照射され、その身体を分析していく。
ローリーはこのような用途でシステムを用いたことは、未だかつてなかった。目の前の人間を、人間であることを明らかにするために、分析する必要など全くなかった。これは馬鹿げた思い付きでしかない。
バスチオンは、人間ではない…これはファルドン先生の最期の言葉。先生の言っていたことは妄想なのか、それとも…。
システムのディスプレイがすぐに結果をはじき出す。
―目の前にいる、バスチオンは、人間である。
笑うローリー。当たり前だ。何をやっているんだろう。僕は…恩師でもあるバスチオンに、なんて失礼なことを。
バスチオンと目が合う。するとバスチオンはローリーの内面を見透かすように、微笑んだ。
「システムで私を分析する事は、できません」
「えっ…」
「私は人間としての実体を伴って、貴方と会話しているのですからね」
ローリーはショックで固まった。
「いつか、たどり着かれると思っていました。私が一体、何者であるのかという、疑問に」
バスチオンが静かに語る。
ローリーは言葉を失っていた。じいは、僕のシステムの事を、知っているのか!?
ローリーはずっと前、そう、物心ついた時から、システムの力を利用していた。
ごくごく幼いころ、ローリーは不思議なシステムの事を周囲に打ち明けて大きな騒ぎになったことがある。少年には幻覚が見えているのではないか、または精神に障がいがあるのではないか、そのような疑いが生じ、様々な診察や調査が行われた。ローリーはそれ以来、誰にもシステムについて語ったことはない。そう、親代わりである、バスチオンにさえ。
「…気づいていたんですか!?僕の、この能力について!」
頷くバスチオン。
「気づいていましたよ、ぼっちゃま」
「じい…あなたにも、見えるんですか…?このシステムが…」
「ええ。あなたに、システムの力を与えたのは、この私なのですから」
そんな…愕然とする、ローリー。
バスチオンが、システムの力を、僕に与えただって!?ローリーの心にじわじわと喜びがこみ上げる。
じいは、バスチオンは、僕と同じなんだ!このシステムを扱えるのは、僕だけだと思っていた。孤独だった。恐ろしさも感じていた。でも、バスチオンが、システムを知っていて、しかも使える人だっただなんて!
「許してください、ぼっちゃま。そのために、幾度となく、ぼっちゃまを危険な目に合わせてしまった」
「バスチオン…あなたは人間でしょう?あなたは何者なんですか?」
「ぼっちゃま。竜が言っていたはずです。システムというものは、かつて天地創造の際、天使たちが使っていた道具であると」
「そんな…なぜ知っているんです!?僕が竜と話したことを!」
「あなたにシステムへのアクセス権限を与えたのは、私に他ならないからですよ。ローリー。しかし、貴方が扱っているシステムの力は、本質ではない。ほんの極一部にしかすぎません」
「バスチオン、教えてください。貴方は、本当に私と同じ、人間なのですか?」
ローリーは思わず立ち上がった。バスチオンは普段通りの落ち着きを見せている。
「ええ、この身体は。貴方と全く同じです。人間です。しかし、私の本質は人間ではない。この身体を動かしている意志は、人間とは異なる存在なのです」
バスチオンが人間とは、異質な存在…!?
ローリーは混乱した。だが、その様に解釈すると、今までの不自然な点が、説明可能となってくる。先生の言っていたことは、本当だったのだろうか。バスチオンの微笑を見つめる、ローリー。だが不思議と、恐怖はなかった。
もし、仮に…バスチオンが僕を
しばしの沈黙。ローリーはやっと、口を開いた。
「…バスチオン、もしやあなたは、天使様なのですか?」
震える声で語りかけるローリー。バスチオンは首を横に振った。
「いえ、そうではありません」
目を伏せて、笑う。
「どちらかと言うと、悪魔に近いでしょう」
驚くローリー。
「そんな…嘘だ…!あなたは、私を愛してくれているではないですか!バスチオン、あなたのおかげで、私はこれまで、やってこれたんだ!あなたがいなければ、僕は…」
バスチオンがゆっくりと頷く。
「愛していますとも。私は人間を、愛している」
どこか遠くを見やるようなバスチオン。
バスチオンの言葉に嘘偽りは全くない。
この老執事を動かしている意志の力は、人間とは全く異なる、高次の存在なのである。
例えて言うならば、老執事の肉体は、高次の存在に操られている人形である。
実はバスチオンにとって、この世界は、一つの物語のようなものである。
人間という種が誕生し、社会をはぐくみ、世界を創っていく、一つの壮大な物語である。バスチオンは、そこに老執事の姿で現れ、参加している、という事が言えるだろう。
「私にとって、あなた方、人間の命は、儚いが、美しい。この身が震えるほどに、
バスチオンはいつもの様に、ローリーに笑いかけた。パチン、と優雅に指を鳴らす。二人の間に、テーブル状のシステムが現出する。驚くローリー。
「ローリー様。あなたは、とても美しい」
システム上に映像が展開される。宇宙の始まり。星々の始まり。世界の始まり。生命の始まり。
それはあまりに衝撃的な映像であって、ローリーは身動き一つせずに、システムの紡ぐ物語を見つめていた…。
「全てお話しさせていただきます。これは、人間の物語です。そう、ローリー様、あなたの物語」