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第51話 ファルドンの死

ある冬の朝、モンテス城にローリーからの書簡を携えた早馬が到着した。

ローリーの率いる竜討伐隊は、帰還中、突如現れたインスールの斥候部隊と交戦し、大きな損害を出すもこれを撃退。

その後、ブレーナーの要請により応援が到着し、一行は無事にステフォン領に到着したという。

ローリーは左腕に矢傷を負っていたため、すぐに手術が施された。

ステフォン公は竜討伐隊を手厚くもてなし、しばし静養したメンバーは二日の後、故郷のモンテス領にたどり着いたのだった。

ローリー帰還の知らせを受けたモンテス公は病床から起き上がり、喜びのうちに諸侯就任の儀式の準備を命じる。しかし、彼の命の灯はすでに消えようとしていた。

一方、影の冒険団とともに、ローリー襲撃を計画していたファルドンの盾のメンバーは、アンドラスの配下であるエレノアらに身柄を押さえられ、モンテス城にてヤグリスら騎士団から尋問を受けた。

ファルドン司祭による、ローリー襲撃計画が明らかにされ、首謀者に対する逮捕命令が速やかに発せられる。

事情を説明するために、モンテス八世に謁見しようとするファルドン。

だがヤグリス、アンドラスは協力し、その場でファルドンを捕らえたのであった。

「ファルドン司祭。諸侯より、騎士団に宛てて、貴殿の逮捕命令が下されています。何か申し開きがありますか?」

ファルドンは落ち着き払っている。すでに覚悟は決まっている様であった。

「ヤグリス様…まさか貴方様が、直々においでになるとは…」

「ローリー・モンテスに対する、二度の襲撃計画、その首謀者であると、お認めになりますか?」

ファルドンは俯いたまま答えない。

「ファルドン、言ったはずだ。ローリーに手を出すなと。なぜ約束を破った」

アンドラスが前に出る。ファルドンは顔を上げて、アンドラスを憎々し気に睨みつけた。

「アンドラス…わからんのか!?ローリーは操られている!バスチオンに操られているのだ!」

「…そうかもしれない。お前の言う通りなのかもしれない。だが、ローリーは、俺たちを愛しているんだ。モンテスの人々すべてを、残らず愛している」

うなだれるファルドン。そのまま床にへたり込む。アンドラスはその哀れな姿を見つめていた。

広々として明るい、モンテス公の執務室へと続く廊下に、人が続々と現れる。ただならぬ気配を感じての事であった。

ヤグリスが告げる。

「さあ、ファルドン司祭。参りましょう。取り調べをせねばなりません」

その時、ローリーとサガンが現れた。

猊下げいか!」

「ファルドン先生!」

二人を手で制するアンドラス。

「ファルドンよ。もう一度聞く。なぜ僕との約束を、破ったんだ」

ファルドンは立ち上がると、周囲を見渡し、言った。

「聞け。モンテスの者ども。諸侯の力に陰りが見えている。今、我らが力を合わせねば、このモンテス領はバラバラになって、秩序は失われる!」

その場の全員が押し黙った。

「猊下…!」

「バスチオン…奴は人間ではない。奴がこのモンテス領で生きていたという証拠は、全く残っていない!」

「先生!?何をおっしゃるのですか!?」

「バスチオンは我々すべての人間を操作しようとしている。ローリー様。貴方は…もはやバスチオンの傀儡かいらいだ!」

ローリーはファルドンの言葉の衝撃を受けるが、その傀儡という言葉に心が暗く、沈んでいくのを感じる。

確かに、そうかもしれない…僕は、今まで、バスチオンの指示通りに動いていたにすぎない。これは否定できない、事実だ。

ローリーは不意に、影の冒険団のリーダーとの戦いを思い出した。

あれは…僕の真の実力ではない!システムの力が、まるで僕の身体を勝手に動かしているかのようだった。僕はシステムに操られるように、戦っていた。

ローリーがシステムに抱いていた漠然とした不安が、はっきりとした恐怖となって心によみがえった。

「バスチオンは、ある日突然、このモンテス城に現れた。我々の心を弄び、平然と城内をうろついている!」

必死に訴えかけるファルドン。その瞳は、狂気に血走っていた。

「わかっているはずだ!ヤグリス様!バスチオンは、我々を操ろうとしている!これは明確な敵対的行為ではありませんか!?」

ヤグリスは茫然とファルドンを見つめている。不意にサガンが歩み寄る。それをヤグリスが鋭く一喝した。

「動くな!警備隊長よ。騎士団はファルドン司祭の逮捕命令を受けている!」

「ヤグリス殿!猊下の発言を、妄言と捨て置かれるというのかっ!!」

にらみ合う、騎士団長と審問官長。ローリーは、アンドラスの傍らに寄り、ファルドンを見つめた。感情が昂り、震えるファルドン。その肩越し、モンテス公の執務室の方角から、何者かが現れる。

…バスチオン。

気配を感じさせなかった。まるで影から生じたかのような、不自然な登場である。全員の視線がバスチオンに集中する。

「残念です。ファルドン司祭。貴方とは、分かり合えると思っていた」

「バスチオンッ…!」

ファルドンが振り返る。バスチオンは落ち着き払っている。その顔にはいつもの微笑が張り付き、真意は見えない。

「皆よ!見るがよい!この男は人間ではない!」

ファルドンはよろよろとアンドラスに近づいていき、突然、その腰の剣を抜き放つ。魔剣を腰だめに、バスチオンにぶつかっていくファルドン!この場の全員が、金縛りにあったかのように、この光景をただ、見つめていた。

「ファルドン!?」

「先生!」

バスチオンの身体に、深々と魔剣が突き刺さった。が、老執事の身体は微動だにしない。

ゆっくりと、ファルドン司祭の身体が崩れ落ちる。膝をつき、そのまま仰向けに倒れる。

驚くべきことに、ファルドンの胸には、アンドラスの魔剣が突き刺さっていた。まるで手品のようであった。バスチオンの身体に刺さったはずの魔剣が、逆にファルドンに刺さっていたのだ…!

驚き、駆け寄るアンドラス。

「ファルドン!」

「アンドラス…私は…」

「しゃべらないでいい。ファルドン」

アンドラスは仰向けになったファルドンを抱きかかえる。一見して致命傷とわかる。ファルドンの口から鮮血があふれ出し、彼の白い僧衣を染めた。

「ファルドン、許してくれ。僕のせいで、君は…」

「…見よ。破戒卿。呪われた血が、流れていく…モンテスの、呪われた…」

笑うファルドン。その瞳が澄んでいく。

「僕が、ローリーのような、男だったら…」

ローリーが駆け寄る。

「先生!ファルドン先生!」

「バスチオン!貴様ァーッ!」

サガンがファルドンのもとに駆けよると同時にバスチオンを探すが、見当たらない。先ほどまでそこにいた老執事は、忽然と姿を消していた。

ファルドン司祭。

信仰のために、そしてモンテス家のために、身をささげた男。その魂は、天上へと還ったのか。それとも、地獄に落ちて行ったのか…誰も知らない。

そう、バスチオンを除いて。

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