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第50話 激突、後編

インスール軍の奇襲により、平原は混乱極まる戦場となった。

どれほどの時間がたったのだろう?いつの間にか、騎兵の突撃がやんでいる。ローリーは、システムの作用によって戦場の状況を把握した。はるか前方では、遊撃隊の馬が駆けまわっている。アンドラスとその追随者が、機動力を生かして敵を攪乱かくらんし、敵軍の勢いを削いでいる。お兄様が、助けてくれているんだ!

「あと少しだ!希望を捨てるな!僕たちこそ、最強の騎士だ!」

ローリーは激励するものの、味方騎士たちの動きは鈍っていた。激しい戦闘で疲労が急速に蓄積したのだ。槍にもたれかかっている者すらいる。システムは戦場の状況を伝えている。敵の数が一向に減少していない。斥候部隊とはいえ、相手は百人を超える大きな集団だったのだ。もしこの状況で、再び敵騎兵が突撃をかけて来るならば、損害が大きくなる…ここに敵を近づけてはならない。ローリーは馬車の裏につないでいた、愛馬のユニコーン、星の光号にまたがる。ローリーの愛馬はぶるっと身を震わせる。

「さあ、行こう!君の力が必要なんだ!」

星の光号はその一本角に燐光をまとわせて、軽やかに駆けだした。ユニコーンの角には不思議な力があり、矢が避けて飛んでいくという伝説があった。ローリーはそんな迷信にさえすがる。

「危険です!ローリー様!」

ローリーを呼び止める騎士達。前方では、アンドラスやサガンの騎馬が奮戦していた。

「お兄さま!」

「ローリー!」

兄弟、二つの騎影がくるくると回りながら並んでとまる。

「奴ら、まるで雲霞うんかのように湧いてくるじゃないか」

アンドラスとその馬は、どちらも呼吸が荒く汗に濡れていた。突然、前方からインスールの黒い騎兵が突撃を仕掛けてくる!

「ローリー、退いていろ!」

アンドラスが剣を投げつけると、それは驚くべき正確さで騎兵の喉に命中した!

槍を取り落とす敵騎兵。そのまま突っ込んでくる。が、アンドラスが騎兵に近づいて剣を引き抜くと、地面に落ちて動かなくなる。馬は主人を失ったまま、駆けていった。

「…ま、まるで魔法だ!」

「驚いたかい、ローリー」

アンドラスが笑う。

「一番驚いているのは、何を隠そう、この僕さ」

不意にローリーは左腕に鈍い痛みを感じる。見ると、矢が二の腕に刺さっている。

「うわっ…」

「ローリー!」

兄弟の側に、審問官の騎馬がやってきた。サガンである。

「ローリー。ここは僕とサガンで食い止める。君は、ステフォンに応援を求めに行くんだ」

「そんな…!」

「戦略的判断だ」

「ここで死ぬ気ですか!?お兄さま!」

「馬鹿な。さあ、腕を見せろ!ローリー」

アンドラスはローリーの血に染まった左腕を取る。

「矢を抜いたのか!?痛むか?」

「ええ、しかし、何とか…」

アンドラスはスカーフを取ると、それできつくローリーの左腕を縛った。

「化膿すると危険だ。早く処置しなければ」

馬のかける音が響いてくる。前方から2騎の騎兵が突撃を仕掛けてくる!鋭く、長い槍がすさまじい威力で迫ってくる。サガンが素早く前に出る。

「ぬあああああああっ!」

サガンの愛馬は足が短いが、スタミナがあり、力強い。馬上のサガンは裂帛れっぱくの気合で鉄製のこん棒を振るう。槍の一撃をはじき返し、敵騎兵の胴に強烈な一撃を見舞った。落馬する敵騎兵。

「まだまだぁ!」

すれ違ったインスールの騎兵を追撃するサガンと、部下の審問官。

「ははっ…たいした爺さんだ。さあ、そろそろおいとましようじゃないか」

アンドラスは笑いかけるが、ローリーは笑わなかった。

「お兄さま。貴方は僕の命の恩人です。僕も一緒に、戦いたいんです!」

「行けよ。ローリー。お前は諸侯になる。違うか?父はそう望んでいるのだろう?」

「お兄さまは、諸侯となるために、モンテスに戻られたのではないのですか!?」

アンドラスはちらと戦場に目を戻した。すでに騎馬の姿は無く、インスール兵たちは遠巻きに集まってこちらをうかがっている様子である。

「うん。最初はね…ローリーっていう神童くんをこの目で見てやろうって、思っていたのさ」

「なぜ、僕の命を助けてくれたんですか?お兄さま」

「…お前を、誰にも殺されたくなかったからさ。お前を…殺すのは、僕の役目だと思っていたからね」

アンドラスは笑った。戸惑う、ローリー。

「でも反対に僕がやられてしまったよ。お前にね。お前のその、美しい瞳に」

インスールの独特な角笛の音が響く。インスール兵たちが一つに参集している。

「まずいな。突撃を仕掛けて来るぞ。ローリー。行けよ。ヤグリスによろしく伝えてくれ」

「お母様に?」

「そうさ。僕はヤグリスが好きなんだ。愛しているんだよ」

アンドラスが大きな声で命令すると、周囲に騎士達が集まってきた。そして、ファルドンの盾のメンバーも。

「ローリーは護衛を連れて今すぐここを離脱しろ。緊急時ゆえ、戦闘指揮は僕がとる。異議あるものはいるか!?」

周囲の騎士たちは静まり返る。サガンですら、アンドラスを見つめたまま、黙っていた。その瞳は、モンテスへの忠義に燃えている。

コモドーが息を切らしてアンドラスの元に駆け寄る。

「アンドラス様!この老いぼれめに、どうか一番槍の栄誉を!」

サンダー、レイザーも駆け寄ってくる。再び、インスールの不気味な角笛の音が響いた。

「飛蝶騎士団はローリーの護衛として、ここを離れるんだ。今すぐに」

コモドーが悔しさのあまり、槍で地面を叩いた。

「見ろ!ご主人様が負傷しているんだ。わかるな!?コモドー、ローリーを頼む!」

「ローリー様、参りましょう!命に代えても、あなたをお守りします」

サンダーが言う。ローリーは躊躇っていた。ここに残るのか、それとも逃げるのか。未来が、結末が知りたい。しかし、システムはこの戦いがどのように変化していくのか、ローリーの望む答えを出そうとはしなかった。

その時、インスールの角笛がひときわ大きく、長く鳴らされた。

「コモドー!命令だ!早くローリーを連れていけ!」

アンドラスは覚悟を決める。

そうさ、僕は破戒卿と呼ばれた落ちこぼれだった。しかし、悪い人生ではなかった。

ヤグリスに愛してもらった。

弟、ローリーと出会い、心を通わせた。

悪くない…いや、実にいい人生じゃないか…!我知らず微笑む。

一陣の風。それは汗をかいた身体に心地よかった。

不意に静寂が訪れる。すると、隊列を組んでいた敵騎兵たちが、踵を返し、去っていくではないか!

「お兄さま!敵が…」

インスール兵が引き潮の如く去っていく。アンドラスは茫然とそれを見送っている。

「退いていく…何故だ」

「異教徒どもめ!我らファルドンの盾の恐ろしさ、身に染みたか!」

サガンが吠える。

ローリーの心に安堵が広がっていく。

「さあ、僕たちも引き上げましょう!敵が戻ってくるかもしれません!ここは退くのです!」

アンドラスは頷いた。

「それが賢明だね。逃げるのは得意なんだ。任せてくれ」

ローリーがラッパを吹くと、騎士達が参集した。60名程度いた戦闘要員は、半分近くに減っている。

「負傷者を馬車に乗せて…物資は…投棄します」

馬が疲弊しており、これ以上人を乗せることは難しい。食料も尽きている。果たしてステフォンまで無事にたどり着けるのか。

「ご遺体は…残していきます。皆さん、並べるのを手伝っていただけますか」

ローリーらは戦死した騎士達を並べて、簡素に弔った。味方以上に、敵兵の亡骸が多い。息をしている者もあったが、騎士たちはそれらの者にとどめを刺してやった。

ローリーは戦死者たちに詫びた。

無意味かもしれないが、詫びずにはいられなかった。故郷を離れ、この地に伏した物言わぬ人たち。敵も味方も…国のため、家族のため…いや、己の誇りのために、命を投げ出した人たちなのだ。正しい弔いを行えず、申し訳ありません。しかし、生者には、責があるのです。歩みを止めることは、許されない。

出発の準備を素早く整える。負傷者が馬車に乗り切らず、歩ける者は荷物を捨てて歩き始める。

ローリーは賭けに出た。敵がもし、追ってきたなら…。竜討伐隊にはもはや戦い抜く力はない。

しかし、重い荷物とともに、ここで立ち往生するよりは、賢明な選択であると判断したのだ。

メーヤーの顔が浮かぶ。微笑んでいる。

メーヤー…どうか、僕を助けてください。マヌーサ様、天上の騎士たちよ。どうか、僕たちを助けてください!

左腕にまいたアンドラスのスカーフが、真っ赤な血に染まっていた。血は止まっているようだが、ローリーはズキズキと痛み始めた腕を押さえながら、先頭を歩き始める。

冬の低い太陽が、沈み始めていた。

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