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第49話 激突

アンドラスの胸中には、羞恥、悔悟、そしてファルドンとの密約が渦を巻いていた。俯いてしまったローリーを、じっと見つめるアンドラス。アンドラスが剣の柄に手をかける。ローリーはポツリと、つぶやいた。

「もう少しだけ、時間をくれませんか。お兄様…」

「…違う。違うんだ!ローリー。聞いてくれ…僕はね」

アンドラスが言いかけた時、ローリーの元に一人の騎士が駆け付けた。緊張は破られた。

「ローリー様!所属不明の軍隊が、迫っています!」

「…どういうことですか!?」

それは斥候せっこうを務める第五分団の副分団長であった。彼は青ざめて、ローリーに望遠鏡を手渡す。騒めく騎士達。

斥候が示す方、進軍方向の左手、平原地帯のほうから騎馬の群れが確認できる。土煙を縦ながら、馬が10列ほどに並んで組み、駆けてくる様子だ。一見して、ブレイク王国の騎兵ではないとローリーにはわかる。

ローリーら遠征隊より、数で優っているように感じる。あれはインスール帝国の偵察部隊であろうか。ローリーは生まれて初めて、捕虜以外の敵国の兵らを目にしたのだった。

騎兵たちはインスールの黒い、独特の形状の鎧を着こんでいる。

「総員、盾を取れ!戦闘配備!密集陣形!」

ローリーは慌てて叫んだ!騎士たちは急いで馬車から装備を取り出す。ローリーはコモドーから盾とラッパを受け取る。サガンに向かっていく。

「サガン殿。あれはインスール兵か?あなたは何を知っている!?隠さず、話していただきます!」

サガンは慌ててローリーから望遠鏡を受け取る。

「馬鹿な!あれは…インスールの…異教徒どもの軍勢だ!」

そう語る審問官の表情は、驚きに満ちていた。

「ローリー。馬を出すんだ。囲まれたら終わりだぞ!?」

アンドラスが馬に乗り込み、告げる。

「部下は君を守るだろう。命を懸けて!さあ、行くんだ。ローリー!」

アンドラスはローリーだけでも先に逃げろと言っているのであろう。だがローリーは答える。

「僕は一人では行きません!僕は遠征隊の長です。この隊の人員、全ての命を預かっている!」

アンドラスは頷いた。

「そうだろうとも。わかってる。君はそういう男さ!」

アンドラスはしばらく目を閉じていた。やがて意を決したように、騎士たちに向かって馬上から声をかける。

「聞け!インスールの兵が目の前に迫っている!戦闘になる!包囲されたらおしまいだ。僕についてこい!手柄を立てたい奴!勇気のある奴!」

アンドラスは剣を抜き放った。

「腰抜けは置いていくぞ。奴らを蹴散らす!モンテス騎士たちよ、ローリーを守れ!未来の諸侯を守れ!」

騎士たちは声をそろえて応じる。盾を背負って、馬に乗り込む。各々槍を受け取ると、即席の遊撃部隊が、アンドラスの元に参集した。

「サガンよ!ローリーを守れ!それとも貴様は、次期諸侯を敵に売り渡す、逆賊となるか!?」

「ぬああっ!言うなっ!言うな!アンドラス!」

激情のままに、馬にまたがるサガン。同様に騎乗したファルドンの盾のメンバーが、サガンの周囲に集まり、武器を天高く掲げる。

「異教徒どもに、マヌーサの信奉者の力、いかほどのものか、見せてやれ!奴らを地の底に、叩き込んでやる!」

サガンの絶叫が響いた。ローリーはアンドラスにかけよる。

「待ってください!お兄様!お気を付けください!なるべくなら、戦闘は避けたいのです!」

「僕もだ、ローリー。だが飛び道具には十分注意しろ!」

その時、インスール兵の不気味な角笛の音が響いてきた。馬のかける音が地面を震わせている。敵はすぐそこである!

もう一度、望遠鏡で敵を確認するローリー。このまま突撃を仕掛けてくるつもりなのだろうか。とても話し合いをする雰囲気ではない。

一体、なぜ、インスール帝国の斥候は、僕たちの動きを察知したんだろう。それともただの偶然?いや、この狙いすましたかのような…不意にローリーの頭にホピンの集落が浮かんで消えた…まさか。

ローリーは雑念を絶って、集中する。さあ、ローリー、今に集中しろ!無意識にシステムを開く。状況を整理するんだ。覚悟を決めろ。戦闘になる!指示を出さなければならない。この討伐隊を動かせるのは、僕だけなんだ。僕が、全員の生死を決めうる立場にある!

ローリーが右手を高く掲げる。ローリーにだけ存在が知覚できる、青白く輝くカラスが空に飛びあがる。カラスはいつの間にかとびへと姿を変える。風に乗って上空を旋回しながら、空の下、インスールと竜討伐隊のまみえる戦場を睥睨へいげいした。システムの青白いディスプレイにすさまじいスピードで情報が流れ込んでいく。

「お兄様!サガン隊長と共に、左側面から馬で攻撃を仕掛けてください!私たちは正面から飛び道具などで敵を迎撃します!」

「わかった!任せろ!ローリー。僕が奴らを蹴散らしてやる!ばらばらに引き裂いてやる!行くぞ!」

先頭に立ち、駆けだすアンドラス。騎士や、ファルドンの盾のメンバーが追う。

「スタイン!ライノス!ここへ!」

ローリーの元に分団長がやって来て跪く。

「あなた方の軍律違反の事実については、後で審議します。私の命が残っていれば、の話ですけどね」

ローリーの真剣な顔を、微笑がかすめた。

「非戦闘員の馬車を率いて、ステフォン領に向かいなさい!今すぐに!」

ローリーは遠征に随行していた、兄フランシスや、学者の身を案じていた。二名の分団長は驚いて顔を上げる。

「急ぎなさい!敵はすぐそこだ!急ぐんです!」

「はい!了解いたしました!」

すでにローリーの周囲に盾を構えた騎士たちが参集している。その後方、機械仕掛けの大弓や、狩猟用の弓を構えた騎士が控える。

「矢が飛んできます!訓練通りに!慌てないで!馬を馬車の後ろに隠しなさい!」

ローリーの心臓が高鳴り、足が震える。敵はもう目の前だ。

アンドラスたちは正面からぶつかろうとしている。ローリーは兄を信じて祈る事しかできない。

「ローリー様!お祈りして下せえ!わしらを、奮い立たせて下せえ!」

コモドーが叫ぶ。ローリーは精一杯の声で、皆に語り掛けた。

「モンテス騎士団は、マヌーサの加護を受けた、聖なる戦士の集団です。士気旺盛にして、規律厳正。我らに並ぶ戦士は、ミッドランドには存在しない!この地上には、存在しない!」

配下の騎士たちの応じる声が、空気を震わせる。

「我らは強大な竜すら平らげた、モンテスの遠征隊!マヌーサのご加護の元に、恐れるものなど、何もない!」

騎士たちのときの声がとどろく!すぐにでも敵に向かっていきそうなほど、騎士たちの士気は高まっていた。ローリーは勝利を念じる。望む結果だけを、イメージするんだ…。焦るな。敵の顔が見えるようになるまで、引き付けろ…。訓練と同じだ。経験を信じろ。そうすれば、皆で生き残ることができる!

「馬が向かってくるぞ!決してぶつかるな!馬の道を開けてやれ!馬を狙え!馬のお尻に、矢を当ててやれ!」

突撃の合図か。インスール兵の角笛の音が、周囲に響いた。アンドラスら遊撃隊は、すでにインスールの騎兵と衝突し、戦闘状態となった。インスールの部隊は、戦うためにやってきたのだ。敵を殺さなければ、こちらが殺される!

「盾を構えろ!」

インスールの騎兵が、土煙を上げながら、ローリーらの部隊に突撃を仕掛けてきた。うなりを上げて槍が突き出される!ローリーらの部隊は騎兵の突撃によって隊列を乱し、散り散りとなる。しかしローリーがラッパを吹くと、一斉に馬に向かって矢が放たれた!

何頭かの馬が地響きとともに倒れる。

気付けばローリーらの部隊に向かって、お返しとばかりに、音もなく矢が放たれている。盾に乾いた音を響かせて、矢がぶつかり、地面に落ちていく。

「隊列を乱すな!馬が来るぞ!落ち着いて矢をつがえろ!」

槍を構えた騎兵が突撃してくる!横向きの味方騎士に向かって、馬が激突し、騎士は跳ね飛ばされて地面に転がった。

「敵を引き付けろ!敵の顔が見える場所まで、引き付けろ!」

ローリーはかつてコモドーに指導された言葉を、大きな声で繰り返す。激しく土煙が立ち上る。


「レイザー!聞こえるか!生きていたら返事をしろ!」

サンダーの叫びが戦場にとどろいた。インスール兵達は、騎兵を突撃させた後、列を組んで矢を放ってきた。騎士たちの構えた円形の盾は、体の枢要部すうようぶをカバーできるものの、腕や足などに矢が命中すれば、もはや戦うことはできなくなる。

サンダーの元に、騎士見習いのレイザーがやってきた。少年は奇異に思えるほど震えている。

「矢は扱えるのか?レイザー」

レイザーは首を横に振った。

「怖いのか、レイザー。怖いのは当たり前だ!」

サンダーはレイザーを怒鳴りつけた。その頬に平手打ちを喰らわせる。

「どうだ、怖いか!レイザー!」

「怖いです!」

絶叫するレイザー。サンダーは笑った。

「よし!じゃあ後ろについてこい!」

二人は盾を前に突き出しながら前進する。味方の騎兵が、彼らを追い越して突撃していく。サンダーはその後を追った。必死についていく、レイザー。その足は震えてもつれ、うまく走れない。

サンダーが弓を持った敵兵士に斬りかかる。肩を強打され、膝をつく敵兵士。

「盾をもってついてこい!レイザー!手柄を立てるんだ!」

「はい!」

剣を抜くレイザー。想像よりも重い。目の前でよろよろと敵兵が立ち上がろうとしている。

「うわああああああっ!」

レイザーは気合と共に、敵兵の肩に剣を振り下ろした。

「いいぞ!ローリー様をお守りしろ!」

土煙の中を、姿勢を低くして進む飛蝶騎士団の二人の若者。レイザーの盾に矢が突き刺さる衝撃。しかし不思議と、恐怖はなかった。

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