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第47話 乱戦、後編

血しぶきをあげて仰向けに倒れるゲインズ。怒りに任せて、ジェンスはアンドラスに向かって行く。

影の冒険団…残るは2名。リーダーのジェンスと、紅一点のバルトリス。


…ジェンスはステフォンの貧しいヤギ飼いの家に生まれた。幼いころ、人さらいにあって奴隷として過ごした。掃除夫、隊商の護衛、強盗…生きるためにあらゆることを行った。そこで仲間に出会った。

彼の人生を変えた男が、ゲインズ。褒賞騎士であり、美貌の青年。仲間たちはゲインズの手引きでステフォン騎士となったが、激しい差別に会い、居場所を失う。

抜群のチームワークで、影の冒険団は冒険者ギルドでも凄腕として名をはせた。

ジェンスの運命を狂わせた男、ローリー…いや、それはやはり、ファルドン司祭なのだろう。ファルドンはジェンスに語った。マヌーサの御許みもとでは、生まれにかかわらず、また、性的嗜好にかかわらず、すべての者が平等であると。すべての者は、その能力に従って、正しく評価されると。

ジェンスとゲインズは、、同性愛者である。互いに深く愛し合っていた。だがそれは、この時代、この世界では、禁忌とされていた。


ジェンスに突如、両手剣が振り下ろされる。風圧を生じさせるほどの、すさまじい一振りである。

オルガナだ。猛虎の刃冒険団のリーダー。褐色の肌の、大柄な女性。鍛え上げられた肉体から、男性に一歩も譲らぬ一撃を放つ。

「世間は狭いね。傭兵稼業は特に、狭い!」

笑って剣を構える。全身に殺気がみなぎっている。雇われているのだろう。アンドラスに触れたければ、私をたおしてみろと言わんばかりに、立ちふさがる。

「両手を上げなさい!これは脅しではない!」

ファルドンの審問官は、エレノアらに大弓で狙われ、一歩も動けずにいた。何より、彼らはこの場にアンドラスが現れたことにより、大きく士気を損なった。

剣を抜き、ゆっくりとジェンスの背に回る、バルトリス。

「ジェンスの馬鹿!ここで死ぬ気?」

ジェンスは向かい合うオルガナから視線を外さずに、答える。

「死ぬ気はない。だが、仲間の仇は討つ!」

「数で負けてるわ」

「…いけ、バルトリス。いつもの場所で落ち合おう」

ジェンスは前を見据えたまま、笑う。圧倒的不利。彼なりの冗談のようであった。

「あの世でしょう?なら、一緒についていくわ」

バルトリスも、笑った。その心に、憎悪が燃え上がった。大嫌いよ、男なんか大嫌い。貴族は、もっと嫌い。私が全員、殺してやるわ!

「何してるの!でくの坊ども!剣を取りなさい!」

バルトリスは黒衣の審問官らに命じる。弓を構えるエレノアの正面から、バルトリスは突っ込んでいく!命知らずの突撃。矢が放たれ、バルトリスの肩をかすめる。エレノアは剣を抜こうとするが、間に合わない。小剣での斬りつけを、大弓で食い止める。

もし…奇跡が起きて、ジェンスと二人で、生き残ったら…。バルトリスは考える。ずっと言えずにいた気持ちを、伝えられるかもしれない。

距離を取ろうとする、エレノア。せり出た木の根に躓き、バランスを崩す!

その間に、素早くブレーナーが割って入った!剣の刃同士がぶつかり、影が重なる。もはや技量など意味はない。戦いは純粋な力比べにとって代わる。

「バルトリス!戦う意味はないはずだ!」

ブレーナーが叫ぶ。

ブレーナーは独断で、影の冒険団を見逃す約束を、バルトリスと交わしていた。彼の目的はあくまで、ローリー襲撃を止める事にあった。ブレーナーとバルトリスは合意し、バルトリスは目的地をブレーナーに告げていたのだった。

「逃げろ!バルトリス!俺たちは、君を追ったりはしない!」

バルトリスは渾身の力でブレーナーの刃を押し返し、その膝を狙って斬りつける。ブレーナーはかろうじて躱す。

「バルトリス!」

「ごちゃごちゃと!うるさいわ!」

バルトリスは豹変していた。彼女はもっと計算高い人間であったはずだ。何故!?

エレノアがブレーナーの傍らにやってきて、剣を構える。猛虎の刃冒険団の、リッサンドラはあくまでファルドン配下の4名の審問官へ、警戒の目を光らせている。

「私たちは、仲間だった!だから一緒に、死ぬ!生き方を変えるつもりは、無い!」

「バルトリス!」

ブレーナーが円を描くように距離を詰めていく。バルトリスは、剣を腰だめにしてエレノアに突っ込んでいった。ぶつかる剣と剣。

その時、バルトリスの脇腹にブレーナーの剣が深々と突き刺さった。

「…やったわね!」

力いっぱい、剣を振り抜くブレーナー。致命傷を負ったバルトリスは、剣を落としてその場に崩れ落ちる。

ブレーナーは剣を捨てて、バルトリスに駆け寄った。

「ごめん、バルトリス…」

震える腕で、抱き寄せる。ブレーナーの全身を、女の血が染めていく。

「ブレーナー…」

バルトリスが微笑む。少女のように…。

「ごめん、ごめんな…」

「ブレーナー…」

女は、静かに目を閉じた。


バルトリスと同じように、ジェンスの心にも憎悪が燃え盛っていた。それは個人の努力によっては払拭しえぬ、偏見、差別によって虐げられてきた者、すべてが抱く激しい感情。時としてその激情のうねりが、人を輝かせる。しかしその灯は、激しいがゆえに、刹那的でもあった。

奴がモンテスの諸侯候補、アンドラスか。ゲインズの仇は、討たせてもらう!アンドラスの美しい立ち居振る舞いに、ジェンスの内なる炎は激しさを増す。

渾身の踏み込み。オルガナの扱う大剣と、激しくぶつかる。剣が折れれば、勝負は決まる。達人同士の決闘は、時として、単純な要素で決着する。筋力、体重。そして、質量、強度。

オルガナもまた、ベテランの冒険者である。肉体的な全盛期は過ぎたが、その戦闘技術は反比例的に高まりを見せている。だがしかし、そのオルガナが、おののいている。

ジェンスは、死を覚悟している。尋常の相手ではないのだ。大弓で動きを止めれば、仕留められる。しかし…。

「オルガナ!」

エレノアが鋭く呼びかける。バルトリスは制圧されたようだ。

冒険団の中でも、殺しを請け負う者たちは忌み嫌われる。忌み嫌われながらも、貴族は彼らを謀略の道具として重宝する。

使い捨てなのだ…。どんなにすばらしい剣技を持っていても、どんなに人望の厚いリーダーであっても、冒険団は、使い捨ての駒にしかすぎない。

いや、皮肉にも、優秀であればあるだけ、冒険団は過酷な仕事に駆り立てられる。冒険者たちは、権力者によって、踊らされるのだ。死の見世物。その命、燃え尽きるまで。

オルガナは前を見据えた。ジェンスのまっすぐな瞳と、まともに視線が合った。怒り、悲しみ、無念…ぶつけてくるがいいさ。貴族共にはわからないだろう。わかりっこない。冒険者たちの、命の輝きが。

来な…さあ、来るんだ。あたしが受け止めてやるさ。あたしが、お前を止めてやる。

勝負は一瞬であった。大きく両手剣を振りかぶるオルガナ。素早くジェンスが胴を払わんと踏み込む。それはオルガナの誘いであった。ジェンスの横なぎの剣を、オルガナの両手剣が唸りをあげて叩き伏せる。彼女の両手剣の根元には刃が無い。それは剣を止めるための分厚い鉄の板であり、剣を破壊することも可能だ。オルガナの一撃で、ジェンスの剣は折れ、剣先がはじけ飛ぶ。

折れた剣を手に、愕然とするジェンス。人生二度目の、敗北…もはや悔いはなかった。

折れた剣を捨てる。両膝を付く。うなだれるジェンス。

誰も、一言も発しない。やがて口を開いたのは、オルガナだった。

「去ってくれと、頼んでも、ダメなんだろうね。あんたは凄い奴だった。どちらが勝っても、おかしくなかった」

「…」

オルガナが、ゆっくりとジェンスの後方に回り込む。刃を下に向け、両手剣を構える。

「…仲間と一緒に、弔ってやるよ」

すると、抑えるように、オルガナの手に、アンドラスが触れた。

「彼は僕に向かってきたんだ。僕を殺そうとしていた」

アンドラスとオルガナは、なおもうなだれたままのジェンスを見つめた。

「僕がやる。彼の死を、君に背負わせるわけにはいかないんだ」

オルガナは黙って頷いた。魔剣が解き放たれる。オルガナは寒気を感じ、アンドラスから離れた。

命は、小さく、儚い…全て、いつか、終わる。

その終わりには、いかなる意味もないのかもしれない。

だから人は、その終わりに意味を付す。

生きることに、意味があると、信じて。


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