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第46話 乱戦

ローリーら竜討伐隊が、巨大な洞窟から帰還するのと、ちょうど同じ頃。

ステフォン領の宿場町から出発した、ある冒険団の一行があった。

灰色のフード付きマントに身を包んだ、影の冒険団。ジェンス、ゲインズ、バルトリスの3名、そしてその指揮下にある、ファルドンの盾と呼ばれる武装した審問官たち4名である。

最初の襲撃…。ローリーを傷つけず、恐怖を植え付けよという指令が下されたが、思わぬ反撃にあい、仲間2名が死亡。

再度の襲撃、殺害命令を受けたものの、邪魔が入りローリーが救命されてしまうという結果に終わった。

そして此度。ファルドン司祭の命じはやはり、ローリーの殺害。

ローリーは居城を離れているものの、騎士の分団を率いている。決して容易な仕事ではない。それでもジェンスら、影の冒険団が依頼を受けたのは…その多額の報酬のせいもあるが…彼らなりのけじめもあった。

リーダーのジェンスは、ローリーとの戦いを思い起こしていた。彼の生涯で一度きりの、敗北。歴戦の剣士にとって、敗北は死を意味していた。屈辱から剣士は再戦を望んだのだろうか。たとえ、自分の命を危険にさらすことになっても。

「何を考えているの?リーダー」

馬に揺られながら、傍らの黒髪の青年、ゲインズが尋ねる。

「…お前と同じことさ」

ゲインズが笑う。

「そうか。なら、この仕事が終わったら、久しぶりにコルトンにでも出かけてみようよ」

「そうだな。たまには良い酒に酔ってみたいものだ」

紅一点のバルトリスは、無言で前を見つめている。いつも顔に張り付いている笑みが、今日は鳴りを潜めている。


曇天はいつしか霧雨となった。ジェンスは左一帯に広がる林に、簡素な雨除けの覆いを張り、馬を休ませる。

馬に括りつけた背嚢から望遠鏡を取り出して、北方山脈の方角を見やるが、濃い霧が視界を阻む。

ローリーの率いる竜討伐隊。およそ二日分の食料しか携行しておらず、疲弊した状態で必ず姿を現すはずだ。そこを、仕留める。

ジェンスは用心深い男である。その性質が、殺し屋という危険な生業において常に彼自身の味方をしてきた。

だが、ファルドンの慎重さ、執念深さはそれを上回る。実はローリーの指揮下にある、第四、五分団長はすでにファルドンと通じている。

いざ、事が起きればローリーは戦場で孤立することになる。彼の仲間は5、6名程度の部下のみ。

すでにファルドンの腹心であるサガンも動いている。ローリーに勝ち目はない…はずだ。

ジェンスは望遠鏡をしまう。

バルトリスと目が合う。昨日、久々に彼女と口論になった。楽天的で、危険を楽しむかのような女だ。しかし、いつになくナイーブになっている。やはりこれは困難な仕事なのだ。ローリー・モンテス。これが最後の仕事だ。それにふさわしい、手ごわい獲物だ。

「馬を覆いの下に入れておいてくれ。あまり体を濡らすな」

配下の審問官たちに指示を出す。その時であった。

「動くな!」

男の声が周囲に響く。冒険団の一行に緊張が走る。木陰から、大弓を構えた騎士が姿を現した。それはローリーの部下、飛蝶騎士団のブレーナーであった!

続々と弓を構えた冒険者が姿を現す。ジェンスらはいつの間にか、包囲されていたのだ!

現れたのは猛虎の刃冒険団。構成員は3名の女性。リーダーはオルガナ。そしてリッサンドラ、エレノア。彼女らは用心深く、大弓でけん制している。最後にゆっくりと、アンドラスが姿を現した。

「ファルドンの手の者かな?」

左手を腰の剣に添えた、無造作な立ち姿。虚勢か。それとも自信があるのか。つかつかとジェンスに向かって行く。ジェンスがリーダーであることを瞬時に見抜いたようである。

「答えろ。ファルドンの命を受けて動いているな?」

ジェンスは両手で部下を制する。慌てて動いては損をする。彼はアンドラスに応える。

「お前は何者だ。俺は冒険者。依頼主とその依頼内容を答えることはできない」

アンドラスは名乗らず、語り掛ける。

「冒険者よ、心して答えろ。僕は平和主義者なんだ。無益な戦いは望まない。ファルドンに何を命じられた?」

ジェンスは答えなかった。彼は、何故、自分たちの動きが読まれているのか、そのことについて思案していた。

「ローリーに手を出すな。あの少年を殺害するよう、命じられているな?」

ジェンスは黙って周囲を観察していた。女ばかりだが、腕の立つ冒険団か。聞いたことがある。ジェンスらもかつては、冒険者ギルドに籍を置いていた。

「どうかな、僕の配下として、働かないか?僕とファルドンは古い仲だ。悪いようにはしない」

「ジェンス!」

嘆願するように、呼びかけたのは、仲間のバルトリスであった。

そうか…バルトリス。お前が、俺たちの動きを、この騎士達に漏らしたというのか。

「あんな奴に義理立てする必要はないはずでしょ?ヤバい仕事なのよ…お願い、ジェンス」

ジェンスは前を見据えたまま、言う。

「バルトリス、いつからそんな風に、弱くなった?」

「違う。私は、強い!だから今でも生きてる!弱くなったのは、あなたじゃない!まるで死にたがりじゃないの!?」

「バルトリス!黙れ!お前、いつからそんなに偉くなったんだ!」

傍らのゲインズが声を荒げる。口論を始める影の冒険団。

「わかるのよ…!あの時と一緒じゃない!金持ち共にいいように使われて!最後は捨てられるのよ!なぜわからないの!ジェンス!」

アンドラス、その彫像のように整った顔に、ひび割れのように笑みが広がる。

「いくらもらったんだい?あの腰抜けのファルドンから。悪いようにはしない。さあ、話を聞かせてくれないか?」

アンドラスがジェンスに近づいていく。ジェンスはアンドラスを睨み、剣を抜いた。

「ファルドン様は、俺を正しく認めてくださる方だ。あの方を侮辱することは、許さん」

「ほう。殺し屋風情が、騎士になる夢でも見ているのか?」

アンドラスの言葉に、ジェンスの顔が青ざめる。それは怒りのためであった。

「もう一度だけ言う。僕はファルドンとは古いんだ。君達が剣を納めて去るならば、後のことは僕が丸く収めてやる」

場が静まり返った。全員の視線がジェンスに集中する。

この瞬間を好機ととらえた男がいた。ジェンスの相棒、ゲインズ。黒く美しい長髪が、揺れる。

全員に気づかれないように、ゆっくりとアンドラスとの距離を詰めていた。素早く剣を抜き、アンドラスに踏み込む。冒険者として、相当な場数を踏んでいる。

仮に大弓で狙われていたとしても、その指揮官に接近してしまえば弓も役には立たない。アンドラスの顔に驚愕が張り付いている。ゲインズは思う。その顔に驚きを張りつかせたまま、死ぬがいい。彼はその表情が好きだった。誰もがその顔で、死んでいったから。

一振り。わずかに届かない、が、アンドラスの身体が緊張に固まる。ゲインズは右手を狙って、剣を振り上げる。動きを止めて、仕留める。それは彼の二撃必殺の剣技であった。

しかし、正確な剣撃は思いもよらぬところで阻まれる。金属の衝突する、鈍い音!ゲインズの剣は、突然飛び出してきたアンドラスの剣と衝突し、空を切る。

ゲインズには何が起きたのかがわからない。鞘に収まったアンドラスの剣が、突如ひとりでに跳ね上がり、その護拳部がゲインズの剣を弾いたのであった。

空中に逆向きで放たれたアンドラスの剣。まるでスローモーションのよう。それをゆっくりと、アンドラスは手に取る。

ゲインズの瞳は驚愕に見開かれている。

「やるのか!?カタハルコン…」

呪いの剣、カタハルコン。荒くれ者たちの手を転々とし、とうとうアンドラスのもとにやって来た魔剣。アンドラスはそれを頼もしく思う反面、心から恐れていた。魔剣は人殺しを何よりも好むようであった。力を込めて、肩に剣を引き付ける。剣に振り回されるのはごめんだ。しかし…ゲインズの身体がアンドラスに迫ってくる。驚くアンドラス、来るな、僕に、魔剣に近づくんじゃない。ゲインズの身体はなおもアンドラスに迫り、その左肩にカタハルコンの切っ先が突き刺さる。アンドラスはやっと気づく。ゲインズが迫ってきたわけではない。自身が迫っていたのだと。

剣を引こうとするアンドラス。しかし意に反して、カタハルコンはゲインズの身体に深々と突き刺さった。ゲインズの顔には恐ろしい驚きが張り付いたままである。思わず目を背けるアンドラス。アンドラスはその表情が大嫌いだった。誰もが死に際に、そんな顔をしていたから。

剣を引き抜く。血しぶきが上がり、アンドラスはそれを避けるようにかがんでゲインズの背後に回った。カタハルコンの刃を染めた赤い血が、薄れて消えていく。

静寂が破られた。緊張の弦が弾け、混沌が場を支配する。

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