ローリーとともに、竜の穴に調査に入った選抜隊。それぞれ騎士の分団長であるスタイン、ライノス以下、メンバーたちはじっとローリーを待っていた。ローリーが去ってから十分ほどが経過していたが、物音ひとつしない。揺れるランタンの光が心細い。
その時、あの不気味な竜の唸りが洞窟奥から響いてきたのだった。決して大きくないが、空気を振るわせながら体の中に入り込んでくるかの様な、不気味な音である。
暗闇に取り残された選抜隊の騎士たちは震え上がった。
「お、おい、明るくなっていくぞ…」
ローリーが去った方向、洞窟の深部から日の出のような強烈な光が発せられ、ゆっくりと洞窟を照らしていく。隊員たちは明らかとなった洞窟の広大さに、言葉を失った。それは想像の何倍も広い空間である。
「おい、あれは…竜…」
隊員たちは光に照らされた竜を発見する。彼らが待機していた場所から、洞窟は緩やかな
隊員たちは思わず座り込み、岩の影に隠れた。討伐だって?そんなことは絶対に不可能だ。竜の姿を前にして、隊員たちは士気を失った。
「ローリー様…」
スタインが祈るようにつぶやく。
ローリーもまた、竜の威容に言葉を失っていた。あまりに高く、見上げるのが辛くなったローリーは自然と後ずさる。いつも間にか、周囲は洞窟ではなくなっている。白く輝く、終わりのない空間。巨大な竜と、ローリーはそこに2人だけ、存在していた。
ローリーは自分がシステムの扉をくぐったことを思い出す。そして、ゆっくりと竜の言葉を
「竜よ!古き、大いなるものよ!あなたは、人間の敵か!?」
竜はゆっくりと頭を下げ、ローリーを観察するようなしぐさを見せた。よく見ると鱗は艶のある深い青。滑らかだが、強靭そうで、磨き上げられた金属を思わせる。その頭からはまるで木の枝のように、不規則に何本もの角がせり上がっている。その瞳は
―チカヅクナ。ワタシハ、アナタガ、スキダ
不気味な咆哮。しかし、ローリーには竜の言葉がはっきりと判った。この不思議な空間、システムの扉の先にある空間の作用なのだろうか。
「偉大なる竜よ。あなたの眠りを妨げて、申し訳なく思っています」
ローリーは跪いた。それはおそらく敬意からではなく、純粋な恐怖からであった。
―ワタシハ、ネムル。ココデ、ヤガテ、オワル
「竜よ、あなたは、一体、どれだけの時を生きているのですか?」
―ワタシハ、ソウゾウノトキ、チノソコヨリイデ、チイサナイノチノ、イトナミヲ、ミタ
ローリーは懸命にコミュニケーションを試みた。子どもに語りかけるように、ゆっくりと話す。
「以前、ここに、人間達が大勢、来ませんでしたか?私の先祖がやってきたはずなのですが…」
竜は答えなかった。
「あなたの下に、人間がやってきましたか?」
―チイサナ、イノチハ、スグニ、オワル
ローリーは竜との会話を諦めた。遠くで、自分を呼ぶ声がする。選抜隊である!我に返ったローリー。彼らを待たせてあることを思い出す。
「大いなるものよ!ありがとう!私もあなたが、好きだ!あなたは、美しい!」
―チイサナ、イノチ。アクマガ、アナタニ、システムヲ、アタエタ
「えっ!?」
そうだ、この竜は、システムの力で、僕と会話をしている。竜は僕のシステムの事を、知っているのだろうか。すぐに戻らなければならない。しかし、大きな好奇心が、彼の足を止めた。
「竜よ!システムの力とは、一体何なのです?」
―システムハ、ソウゾウノトキ、テンシガ、ツカッタ。チイサナ、イノチニハ、ツカエナイ
創造の時、天使がシステムを使った!?まるで謎かけのような答え。ローリーはもう少し、竜に話を聞きたかったが、同時に身の危険を覚えて、システムに語り掛けた。閉じろ…再び、空舞う獣となって、僕を導け…!システムは再び輝くコウモリとなった。
「ありがとう!大いなる、美しい竜よ!」
輝くコウモリは、周囲を旋回すると、ローリーを導くように来た道を戻り始めた。ローリーはそれを追って、急いで駆け戻る。途中、足元に何か板のようなものが落ちているのに気づく。それは古い剣であった。とっさに手に取り、岩を登っていく。ランタンを付けた杖を、忘れて失くしてしまっていることに気付く。しかし、戻るのは危険だと感じ、急いだ。
―サヨウナラ、チイサナイノチ。セカイハ、ヒエル。チイサナイノチハ、ミナ、オワル。ウツクシイ、チイサナイノチ
頭の中にやさしい声が響く。竜を顧みるローリー。ゆっくりとその首が下がっていき、竜は体を横たえる。土煙があがる。遠くで仲間の呼ぶ声がする。ローリーは大きな声で答える。
「今行きます!僕は、無事です!」
システムは、うずくまって参集する、選抜隊を感知した。ほっと息をつくローリー。たった今まで呼吸を忘れていたような、感覚。
「みなさん、お待たせしました!」
「ローリー様!竜を、見ました!ここから!巨大な竜が!」
ローリーは皆を手で制する。隊員たちは興奮していた。
「大丈夫!大丈夫です!竜と話しました。竜は、無害な生き物です!」
その場の全員がローリーの言葉に、仰天する。
「さあ、戻りましょう!ゆっくり、転ばないように!目的は果たされました!」
スタインが興奮冷めやらぬ様子で、ローリーに声をかける。
「見たんです。洞窟が光で覆われて…おそろしい、竜の頭が、ゆらゆら揺れていました。まるで塔のような!」
光…?システムの作用は、ローリー以外の人間には感知できないはずなのだ。竜が、魔法の光を放ったというのだろうか。
ローリーは気持ちがはやって、自然と先頭で歩み始める。スタインが恐る恐る尋ねる。
「ローリー様は、暗闇でも物がお見えになるのですか?」
ローリーは我に返って、弁明する。
「いえ、そういう訳ではないですが…。来た道は何となく覚えているんです。もう少しです。けがをした者はいませんか!?」
「問題ありません!参りましょう!」
選抜隊のゆく手に、輝く洞窟の入り口が見える。その時、洞窟の奥から竜の咆哮が響いた。
震え上がる隊員たち。しかし、ローリーの顔には微笑が浮かんだ。
「あなたの美しい姿を、皆に見せたかった。ありがとう、古き、大いなる竜よ…」
選抜隊が洞窟を抜けると、待機していた騎士達が、歓声とともに一行を迎えた。
「目的は達せられました。リーダーは集まってください。会議をします」
野営地に馬や馬車が見えない。ローリーはその事を責任者に尋ねた。
「実は、洞窟から幾度も恐ろしい音が響いて。そのたびに馬たちが暴れてしまうので、ホピンの集落に近い一角に、一部の隊員を移動させました」
第4分団の副分団長が跪いて詫びる。
「お命じに背き、申し訳ありませんでした。この事について…」
ローリーも膝をつき、副分団長の肩に手をやる。
「素晴らしい判断です。貴方に任せてよかった」
二人は手を取り合って立ち上がる。
「総員に準備をさせます。会議が終わったら、その待機場所に移動しましょう。できれば本日中に、集落まで戻りたい」
「はっ、了解いたしました!」
ローリーは手にしている古い剣を見やった。いつから竜の穴にあったのか、誰のものなのか、今はわからない。しかし、これこそ消息を絶ったという自身の先祖、モンテス四世に縁のある品なのではないか。ローリーは剣を防寒布にくるむと、自身の