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第44話 竜退治へ、中編

討伐隊が、竜の穴に到達し、二日目の明け方。ローリーは寒さに目を覚ました。幸い、雨は降っていないものの山頂付近は霧が濃く、空気は澄みきって喉に痛いほど冷たい。すでに隊員たちが、枯れ枝に火をつけて炊事の準備を行っていた。

「早くから、ご苦労様です!」

「ローリー様。おはようございます。ふもととは言え、冷えますね」

第四分団長が白い息を吐きながら、笑った。数名の騎士団員が、切り倒した小木をロープで持ち上げて運んでくる。先頭にコモドーがいた。

「コモドー!大丈夫ですか?」

「へへっ、わしは年季を入れてるだからね。コイツをすぐに、ばらしちまうだよ」

その身体からはもうもうと湯気が立っている。

「薪は二度、人を温めてくれるだからよ。一度目がこれだ。まったく、ありがてえことだて」

ローリーは笑った。

遠く、どこまでも続く東の草原、その地平線から、真っ赤な太陽が覗いている。おそらく5時半頃か。ローリーは昼前に一度、竜の穴への挑戦を試みるつもりであった。

勇猛なモンテス騎士団員とはいえ、光の届かない暗闇の洞窟に対する恐怖は、拭い難いようであった。さらに、無計画に洞窟に侵入すれば、迷って出られない危険性も高い。ローリーは自らを中心に、選抜メンバーでの調査を立案した。しかし、これに難色を示したのが、四、五分団長である。彼らは万が一、ローリーの身に何かあった場合、責任を負わねばならぬ立場であったのだ。

結局、ローリーは、選抜隊が命綱に数珠つなぎとなって、洞窟へと入っていく案を実行することにした。副分団長らを拠点に残し、分団長らとローリーが中心となった選抜メンバーが、ランタンを括りつけた杖をもって、洞窟探検を行うことになった。

朝食を済ませ、討伐隊は拠点を竜の穴の入り口に移した。そこかしこに大小の岩が転がっており、足場は非常に悪かった。

竜の穴の入り口、そこにホピン族の祭壇が設置してあり、周囲には朽ちたものや新しいもの、様々な木棺がずらりと並んでいる。ローリーはその不気味な光景に恐れを抱きつつも、敬礼して通り過ぎる。分団長たちは恐怖で物も言えなかったが、ローリーに倣う。

ランタンのオレンジ色の光が、足元を照らす。岩だらけの足場は劣悪である。足元以外は、全くの闇。行く手も、闇。月明りすらないのだ。当然である。だがローリーはこのような広大な闇に足を踏み入れた経験がなかった。ローリーは手を叩く。まるで音が吸い込まれるようだ。かなり広大な空間であると思われた。

「足元しか見えません。これでは探検は無理です。残念ですが、引き返しましょう」

しばらく進んで、ローリーは部下たちに告げた。

「しかし、竜の調査は、いかがいたしますか」

第四分団長は、すぐにでも引き返したい気持ちをこらえて、ローリーに言う。

「この場所で迷ったら、生きて外に戻ることは不可能です。私の役目は、全ての人員の生命身体を守る事です」

ローリーは断言する。選抜隊は、言葉を失った。その時、選抜隊の後方で叫び声が上がった。

「何事ですか!?」

ローリーは周囲をシステムで探査する。反応はない。何もいない。隊員が答える。

「すみません!何者かが、ぶつかってきて、ランタンが…」

「…コウモリでしょうか」

「コウモリは闇夜でも目が効きます。人にはぶつかりません」

隊員がしきりにわびる。彼の勘違いだったのかもしれない。しかしその時、ローリーの頭にひらめきが起こる。

ローリーは右手を上に向け、見つめる。そこにシステムを現出させ、コウモリの姿をイメージした。すると、青白い光が集まってコウモリのように姿を変えた。

「そうだ、これだ…!」

思わず声を発する。光り輝くコウモリは激しく羽ばたきながら、ローリーの頭上を旋回し、上昇していく。すると…コウモリの周囲が青白く、照らされていくではないか。広大な洞窟の内部が、青白い光で次第に明らかになっていく!ローリーは喜びのあまり、笑い声を発した。

「…ローリー様!?お気を確かに!」

分団長がローリーの肩を力強く、掴んだ。ローリーは笑顔で告げる。

「見えます。見えるんです…洞窟の中が!なんて広いんだろう!」

2名の分団長はローリーが錯乱状態にあると判断した。が、ローリーはそれを優しく否定する。

「大丈夫です。スタイン、ライノス。僕は正気です。その…詳しくは言えないのですが、私にはマヌーサの加護があり、この洞窟内を把握できるようなんです」

2名の分団長は仰天し、言葉を失う。ローリーは錯乱しているのだろうか?しかしこの、人を気遣う、落ち着き払った態度。そして、彼は何より、モンテスの神童である。

「ローリー様…」

「どうか、私を信じてください。ここで、私を待っていてください」

「ローリー様!」

「15分ほど、時間をください!必ず戻ります」

ローリーはランタンを付けた杖をもって、軽やかに闇に消えていった。ランタンの灯が、ぶらぶらと揺れ、次第に見えなくなる。

「ローリー様…大丈夫だろうか!?」

不安げに洞窟の奥、闇を見つめるスタイン。その肩に、ライノスが手をかけ、なだめる。

「ローリー様ほど、部下を思う統率者はおらぬ。信じるのだ。あの方こそ、マヌーサの加護を受けた、神童だ…」


システムがコウモリの姿となって飛び回り、その軌跡をたどるように洞窟内部が青白い光で彩られる。

広大な洞窟の天井を見上げて、ローリーは息をのむ。天井は崩落痕でゴツゴツととがっている。そう、足元に転がる大小さまざまな岩は、天上から落ちてきたものなのだ。ローリーは軽やかに岩の足場を進んでいく。彼はこの巨大洞窟の成り立ちについて、事前に調査し、一つの仮説を持っていた。

つまり、周囲の状況から推察するに、この洞窟を形成している地層は水による浸食が起きやすく、地下水、雨水などが流れ、岩を削り、やがてもろくなった部分が崩落するなどして、この様な広大な空間が完成したのだ。竜の声のような轟も、地下水の水音であろうと。

確かに、探検中に水が噴き出せば命はない。しかし、足元は乾いており、かなり以前に、この洞窟を形成した水流は枯れてしまったのであろうと思われた。

ローリーはなにか人の痕跡が残されていないか、懸命に探した。自身の先祖である、モンテス四世は、本当にこの洞窟に竜を求めてやってきたのであろうか?

ひときわ高い、とがった岩の上に立って、周囲を観察する。ローリーの周囲は完全な闇であるが、コウモリとなったシステムは、洞窟の内部を、青白い光で可視化していた。遠くを見やると、じっとローリーを待つ選抜隊の姿が確認できる。

そろそろ戻らなければならない。ああ、この景色を、フランシス兄さんに描いてもらいたかった。そう思って、戻ろうと振り返ったローリーの下に、システムの青白いディスプレイが突然、現出した。


―警告。巨大生物。


ディスプレイが明滅する。周囲は再び闇に包まれる。動揺するローリー。彼は激しい恐怖を感じたが、岩の上で落ち着いて姿勢を保持する。

「巨大、生物!?」

岩がごろごろと転がる音。ローリーはシステムを再び、コウモリ状に変化させ、周囲を可視化する。彼がまず目にしたものは、驚くべき光景であった。少年の眼前、岩が勢いよく上へ上へと動いていく。まるで、地面から生え出た岩の塔が、急速に成長していくような光景。現実とは思えない。岩の上にへたり込むローリー。

ウオオオオォ…空気を震わせる、竜の声。それは洞窟の前で人間を震え上がらせた、あの声であった。見上げるローリー。石でくみ上げたかのような、巨大な竜の胸が目に映る。その奥、ゆらゆらと、竜の頭が天井に届きそうなほど高くそびえ、それはゆっくりと人間を見下ろした。

蛇に睨まれた蛙、とはまさにこの事であろうか。しかし、ローリーは非現実的な光景に、恐怖よりも、驚きを感じていた。

竜。これが、竜。本当に居たんだ。これはまやかしではない。本物の竜…。

コウモリに変化していたシステムが、ローリーの元に戻る。それはディスプレイ状となったが、どんどん大きくなって、扉のように変化した。扉がローリーに徐々に迫っていき、少年がそれを通過すると、景色が一変し、少年は光り輝く広大な空間に、竜と対峙していた。


―オドロイタ。チイサナイノチガ、システムヲ、ツカウコトニ


竜はローリーに語り掛けた。その身体は、モンテス城の門よりもずっと巨大で、鐘塔の高さと同じほどの背丈であると思われた。しかし、竜は上体を起こして地に肘をついた姿勢であり、羽も折りたたまれている様だったので、実際の大きさは城と同等か、それ以上であると思われた。

ローリーは竜の威容と、その美しさに心奪われ、茫然自失の状態であった。


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