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第27話 バスチオン裁判、後編

「では、犯行を目撃した証人に、質問をさせていただきます」

反対尋問が開始されると、法廷内は静まり返って、八歳の弁護人に視線が集中した。

「あなたが、犯人が手紙をやり取りする場面を目撃した、時刻は?」「夕方です」

「犯人2人の顔が見えましたか?」「見えました」

「その場所は?」「グザール街道沿いのカモメ亭の裏です」

「カモメ亭の裏には照明がなく、夕方は薄暗いですが、それでも顔が見えたのですか?」「はい」

「それは確かに、被告人のバスチオンでしたか?」「はい」

「あなたはバスチオンに会ったことがありますか?」「はい」

「どこで?」「総督事務所です」

ここまで、ローリーと証人のやり取りは流れるように進行した。

「なるほど。あなたはどのような手続きで、総督事務所に?」沈黙。

「質問に答えてください。」沈黙。

「沈黙すれば不利になりますよ?」

「異議あり!証人威迫です!」

追及者の申し立てを、裁判官が認める。

「弁護人は、質問を変更しなさい」

「総督事務所に相談に来る人は、すべてこちらで記録しています。何月何日にいらっしゃったか、覚えていますか。虚偽証言には気を付けてくださいね」

「異議あり!」

「…覚えていません」

「よろしい、質問を変えます。あなたはバスチオンが、インスール帝国の商人を介して、グザール領の軍事情報を流していたと証言しましたね」「はい」

「なぜバスチオンがスパイであるとわかったんですか?」「秘密の手紙を読んだからです」

「その手紙には何と書いてありましたか?」「現在グザールには騎士が不在である事などです。重要な情報であると思いました。危険な情報であると!」

「手紙をどのように入手しましたか?」「商人が酒を飲んでいる間に、盗み出しました」

「なぜ、手紙を盗んだのです?」「それは、ブレイク王国の情報が記された大事な手紙だからです」

ローリーが薄く微笑む。少年は証人の矛盾発言を見逃さなかった。

「ちょっと待ってください。あなたは、手紙を読んで初めて、内容が重要だと知ったのではないですか?読む前、つまり手紙を盗む前は内容を知りえないはずです。発言が前後で矛盾しているようですが?」沈黙。

「もう一度聞きますが、なぜ、手紙を盗んだのですか?」「それは、大事な手紙だと思ったからです」

「あなたは盗むまで手紙の内容を知らなかったはずです。なぜ大事な手紙だと思ったのですか」「それは…その二人が、そのような雰囲気だったからです」

「まあ、いいでしょう。貴方は犯罪者となる危険を冒してまで、ブレイク王国のために、スパイの手紙を入手した。それをどうしましたか?」「王国の追及者に渡しました」

「あなたは王国の追及者を知っていたと」「はい」

「グザールの商人であるあなたが、ブレイク王国の追及者を知っていたのですか?」「はい」

「私はグザール管区の総督を務めておりますが、王国の追及者に会うのは今回初めてです。政治的地位をお持ちでない商人であるあなたが、なぜ王国追及者とお知り合いに?」沈黙。

「お知り合いになった経緯をお話しいただけますか?」沈黙。

証人は俯き、もはやローリーと視線を合わせない。

「よろしい、質問を変えます。あなたは総督事務所を知っていた。総督事務所に知らせるべきとは思いませんでしたか?」「思いませんでした」

「それはなぜ?」「それは…国の一大事だと思ったからです」

「王国はグザール領について諸侯の政治裁量を大きく認めている。まずグザール城に行こうとは思いませんでしたか?」「思いませんでした」

「心して答えてください。領民として、グザール領内の犯罪は、まずはグザール領主たるグザール公に伝えるべきだったのでは?」

「異議あり!」

追及者が立ち上がる。裁判官がローリーを制して、追及者の発言を促す。

「これでは尋問ではなく、意見陳述です」

「よろしい、では弁護人、質問を変えてください」

「わかりました。グザールの商人であるあなたが、総督事務所ではなく、なぜかお知り合いだという王国の訴追者に直訴した責については、目をつむりましょう。重ねてお聞きしますが、あなたはどのようにして王国の訴追者と知り合いましたか?」沈黙。

「答えられませんか。台本にない質問でしたか?」

「異議ありです!裁判長!」

その時、証人が口を開いた。

「それは、友人に聞きました!スパイがいるなら、追及者に報告すべきだと!」

「友人の名は?」「それは…答えられません」

「なぜ答えられないのです?」「…彼の身に危険が及ぶからです」

「お答えにならないならそれでよい。しかし、貴方の証言の信用性は損なわれます」

「裁判官!関係のない発言です!」

裁判官から諫められたローリーは、質問を変更する。

「あなたは先ほど、この事件を国の一大事だとおっしゃった。すると、スパイ事件について、王国追及者を紹介したというあなたのお知り合いは、英雄だ!称賛されるべき行いといえるでしょう。なぜ、そのことで紹介者に身の危険が及ぶのです?」沈黙。

証人は再び俯き、固まっている。ローリーは裁判官を見据えて言い放った。

「このように沈黙が続いては、反対尋問になりません。これで切り上げたいと思います」

証言台の男はほっとしたように追及者側の席に戻る。バルカスは証人を睨みつけた。質問に対して沈黙する場面が多すぎた。これでは裁判官の心証を害する。

それにしても、ローリー・モンテス…やつは侮れない。手控えを盗んでやったというのに、痛いところを的確につく。大人顔負けの反対尋問をやってのけるとは…。まるでやつにしか見えない手控えが、目の前に広げてあるかのような、流ちょうな尋問だ。これが神童と呼ばれる所以か。


休憩が挟まれ、弁論手続きが始まる。追及者と弁護人、双方の主張が行われ、これが終わればいよいよ、判決となる。


追及者バルカスがまず自らの主張を述べる。

「まず、この度の犯罪は、王国にとって重大な結果を引き起こすという点に、留意していただきたい!

現在、我が国と敵国は、停戦状態にあるとはいえ、いつ再び戦火を交えることになるか、注視すべき状態にあります。

そのような社会情勢の中で、グザールという最前線において、もし、我が国の戦力の多寡という、重要な情報が敵国にもたらされた場合、これは致命的な先制攻撃の端緒となりましょう!」

バルカスの弁論は熱を帯びていき、長時間にわたった。その文言は不必要なほどに飾り立てられ、意味不明領とさえいえるような、もって回った文句が並べられる。実はバルカスは、自己の劣勢を感じていた。彼の弁論は、どのようにスパイ罪という犯罪の構成要素を立証したかではなく、犯罪そのものの重大性を説くという、ある意味で的外れな内容であった。思いもよらぬローリーの反撃にあい、彼の法廷での計画は潰されてしまっていた。彼は焦りを感じていた。弁論を長引かせ、時間を稼ぐつもりなのだ。裁判が長引けば、そのために被告人であるバスチオンの身柄拘束期間が延長される。その間に、拷問でも何でも、とにかくバスチオンから自白を引き出してしまおう、そのような作戦に切り替えた。彼は失敗が許されない。この裁判には文字通り、彼の追及者としての命運がかかっているのだ。


長きにわたるバルカスの弁論が終了した。聴衆はその法律知識と愛国心に圧倒されていたが、裁判官たちは彼の犯罪立証がほとんど失敗に終わったことを感じ取った。

「では、弁護人、ローリー・モンテスは起立の上、弁論を述べてください」

ファルドンが促す。ローリーははっきりとした声で弁論に挑んだ。

「私、弁護人ローリーは、一貫して被告人であるバスチオン総督代理の無罪を主張いたします。

まず、今回のスパイ罪に関しては、追及者からの犯罪の要件である事実が全く立証されていない状況であります。

スパイ罪の要件は「敵方に通じて、文書または言語により、自国の状況その他、敵方を利して自国を害する情報を提供する」というものです。

そもそも、告訴の時点で一番重要となる要件、敵国の代理人が出頭していないこと。証拠として提出された文書が明らかに偽造されたものである事。目撃者の信用性が低く直接証拠に乏しいこと。以上の問題点を指摘します。

特に目撃者とされる人物の発言は、前後で矛盾し、社会生活上において重要な事項につき記憶の喪失や混濁が見られ、証言全体が作り話と断じてやむを得ない状況にあります。以上から弁護人は、追及者の立証不備を指摘します。

さて、こんにち、犯罪の立証について、一次的には追及者の責任であることは論を待たぬ状況であります。

補足的に申し上げますと、このように解釈しなければ、被告人は罪を犯したと疑われる全ての期間につき、アリバイ証明や罪を犯していないとの釈明を求められ、その立証負担は著しく、裁判手続きのいたずらな遅延や、現実的不可能を強いられることになるからです。

裁判所が仮に、この立場を採用するならば、それは近代的な証拠裁判制度を担保するだけではなく、何人に対しても公明正大なマヌーサの御心に沿う結果となるでしょう。

この様な前提に立った場合、追及者は自らの責任を全く果たしていないと結論付けるほかありません。以上になります」


一方のローリーの弁論は対照的に、短く、わかりやすく、犯罪の構成要件を一つ一つ潰していく内容である。

会場の一角から拍手が起こる。いつの間にか法廷の入り口に騎士達が参集し、ローリーに拍手を送っているのだ。

ファルドンが立ち上がって、声を張り上げた。

「皆さま、静粛に。静粛に。弁論手続きを終了します。判決までお待ちください。三十分の休憩といたします」

ローリーの周りにあっという間に人だかりができる。皆がローリーを祝福した。素人目に見ても、ローリーの勝利は明らかであった。

その様子を苦々しく、追及者バルカスが見ていた。手は尽くした。勝てる裁判だったはずだ。しかし、ローリーの能力はバルカスの想定をはるかに上回っていた。焦るバルカス。自らの経歴に傷がつくばかりか、ファルドンとの密約も果たせなくなってしまう。なんとしてでも裁判に勝つ。元より手段を択ばぬ男である。妙案をひらめき、ニヤリと笑う。書類を抱えると、裁判官控室に入っていった。

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