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第13話 死神団

カモメ亭は、グザール城から南西に伸びる、自由港湾都市まで続く街道沿いにある大型の宿屋である。この建物の歴史は古く、まず戦争中にグザールは兵員の宿舎としてこれを建造した。モンテスと同盟関係となって以後は、物資運搬はもっぱらモンテスの領土から行うようになり、軍隊が退去。その後、第一管区の商人ギルドが使用権を買い上げたという経緯がある。

堅固な三階建ての建造物であり、船乗りや陸上運送業者、商人や人足手配師など、あらゆる人物が集っては交渉がまとまっていく、商談の重要地点である。

このカモメ亭の三階部分を死神団は借りている。死神団は賭け事などを専門に扱うギャング集団であり、豊富な資金源で私設軍隊を有するなど、第一管区に権勢けんぜいを誇っている。

ギャンブルは治安を乱すとして騎士礼式では禁止されているが、平民においてはその限りではない。なお余談ではあるが、グザール騎士たちは賭け事を好む。

ギャングと話し合いを行うにあたって、ローリーはまずブレーナーを使者として、死神団と連絡を取ったのだった。

ローリーらはいかなる服装で死神団のグィンと接見するか、悩んだが、ローリーはあくまで身分を隠さずに表の立場で交渉を行う事を選択した。

ギャングは裏社会に通じているのだから、正体を秘して同じ舞台に立てば引き込まれかねないと懸念したためである。ローリーの前任者はギャングに多額の借金をして更迭されたという噂が、すでに第一管区内で広まっているようだった。

飛蝶騎士団は鎧こそつけていないが、各々腰に剣を下げている。客の誰もが、カモメ亭に入っていく騎士の集団に好奇の視線を送った。

「死神団の元締めを訪ねてきたのですが。我々は第一管区総督と、その護衛です」

バスチオンが挨拶すると、階段を見張っていた男が、窓際のテーブルに声をかけた。

「グィンさん、待っていた客ですぜ」

金色の長髪を真ん中で分けた、体格のいい男が座ったままローリーらに手を振った。

「おお、待ってましたよ。あたらしい総督様ですか。このやくざ者に一体何用ですか」

グィンは余裕のある態度であったが、目つきは鋭く、部屋に入ってきたローリー、バスチオン、メーヤー、ブレーナーの4名を素早く見回した。

「お腰の物は預かる決まりなんですがね。たとえ総督殿であろうと」

「これは失礼。身分証明のつもりだったんですがね。ではここに置かせてもらいますが、それでいいですかね?」

ブレーナーが答えた。腰の剣を刀帯ごと外すと、隣のテーブルに置いた。

「まあ、いいでしょう。私が特別に許可しますよ。あなた方は私たちとは違う」

ローリーやメーヤーも、しぶしぶ腰の剣をテーブルに置いていく。

「おかけください。酒は飲みますか?で、改めて、このやくざ者にどのような御用で?」

ブレーナーがローリーに目配せすると、ローリーが頷いた。交渉のバトンはまずブレーナーが手にした。

「こちらのローリー様が、第一管区総督であらせられるお方だ。ここ、第一管区の治安改善が、我々最初の仕事となる」

「治安改善ね、なるほど。しかし、第一管区にはすでに独自の秩序がある」

グィンはテーブルに肘をつくと、拳を組んだ。ブレーナーが反論した。

「ギャングによる殺人や、組織同士の抗争も起きていると、報告に上がってきている。我々とて、看過できない状況だ」

「なるほど、しかし、グザールの不良騎士どもが駐屯ちゅうとんしていたころ、酒場や娼館しょうかんではしょっちゅう刃傷沙汰にんじょうざたが起きていやしたぜ」

グィンが周囲に目配せすると、笑いが起こった。ウェイターが酒を運んできた。グィンはグラスを選ばせた後、まず自分から杯を飲み干した。

非礼にあたるかもしれないが、ローリーらは主に衛生的な観点から酒には手を付けなかった。代わりにバスチオンがワインを二瓶、テーブルに置いた。

「これを。グィン殿の口に合いますかな。コルトンのワインを手土産に持参しました」

モンテスより北西、コルトン領の一級品のワインである。ここで話し手はブレーナーからバスチオンに、バトンタッチである。

「ほう、もらっておきましょう。しかし前任者が任を解かれたのは残念でした。彼は我々のやり方を知っていたし、我々も彼に協力していた」

「協力、とは?」

「やりすぎない。という事ですよ。我々が賭博とばくを広めたわけではない。賭博はもとからここにあった。何世紀も前からね。俺たちはそれをコントロールしようとしているだけだ」

ローリーらが手を付けないので、グインはもう一杯、酒をあおった。

「我々が武装しているのも、他のギャングに対する自衛策だ。なにしろ、第一管区には騎士様がほとんどいないんだから」

グィンはニヤリと笑った。ローリーらの戦力不足はやはり見抜かれていたようだ。

バスチオンが立ち上がって、ローリーの背後からその両肩に手をかけた。

「こちら、総督であるローリー・モンテス様は、モンテス領の諸侯候補でもあるお方でしてな。有事となればモンテスより騎士の分団を2、3召喚することも可能でございます」

「諸侯?ずいぶん若いな」

グィンはローリーとバスチオンを交互に見やった。こんな雑多な街に領外から貴族共が乗り込んでくるだって?ありそうに無い話だが。グィンは椅子にもたれて腕組みをした。

「ふむ、で、何が言いたいのかな?執事さん」

「単刀直入に申し上げますと。我らと手を組み、そして、この第一管区の治安状況は、総督がコントロールしているのだという。そのような証が欲しいのですよ」

グィンは見かけより冷静な男ではあるが、権力をちらつかせて押さえつけようとする者に対しての嗅覚は鋭い。彼はバスチオンを睨みつけた。

「なるほど。では、我々に貴族の犬になれと?」

場が静まり返って、ならず者たちの視線が老執事に集中する。

交渉の綱引きにおいて、綱それ自体が切れてしまうという事は、ままあるものだ。

バスチオンは愉快そうに笑った。それはグィンのプライドを刺激する、貴族階級の笑いそのものであった。だがしかし、バスチオンの答えは、グインの想像を裏切った。

「逆でございますよ。グィン殿。我々を、あなた方の犬にしてもらいたい」

「何だと?」

「どうです。我々を使ってみませんか?やりすぎている組織は、我々が潰す。あなたの言うとおりだ。この第一管区には、独自の秩序が似合う。でしょう?」

グィンは腕を組んだまま、黙ってしまった。初めて相手にするタイプだ。真意を読もうと、目を細めるが、彫の深いバスチオンの目の奥に如何なる光が宿っているのか、それは判じ得なかった。

「少なくともあなたは、前任者を上手く使ってきた。そうなのでしょう?」

ふいに周囲が静かになってしまった。グィンの部下は、リーダーが交渉事で沈黙してしまう場面を今まで一度も見たことがない。交渉がなるか、ついえるか、緊張のひと時である。

「我々が手にしたいのは、あくまで表の世界の主導権だ」

「なるほど」

グィンは一度は反感を持ったものの、バスチオンの自信に満ちた態度と交渉姿勢に、共感を抱き始めた。何より、このさかしい連中と敵対しても得られる利益は少ないだろうと感じた。

「興味を持ったよ。執事さん。アンタの考えを聞こうか」

「ええ、そう言っていただけると思っていましたとも。しかし…」

バスチオンは椅子に掛けると、ローリーを見やった。

「私はローリー様の影にすぎません。最終的には、ローリー様の決定と、ご指示に従います」

ほっとしたのもつかの間、バスチオンから急に話をふられてローリーは慌てた。

「ええ、そうです。私が総督ですからね。そう、えー、つまり、私のアイディアはこうです」

ローリーはグィンに、死神団と第一管区の騎士との共闘を持ち掛けた。

「我々の狙いは、ドラゴン団です」

小さな声でグィンに告げる。グィンは再び黙り込んだ。つまり、グザール騎士を仲間にして、ドラゴン団と戦争をするという事か。確かに、ドラゴン団とはいずれ決着を付けねばならないだろう。これはチャンスなのか、罠なのか、大きな決断の時であった。大掛かりな、それでいて密かな仕込みが必要になるだろう。グィンも声を潜める。

「いいぜ。ところで、一つ、承諾に条件を付けさせてもらおう」

「なんですか?」

グィンは部下に目配せをした。すると部下は、奥からカードの束をもってテーブルに広げた。

「こいつであんたらの運を試させてもらう」

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