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第12話 治安改善計画

ローリーらが貸し与えられた邸宅の裏手、大通りに面して彼らの仕事場である、総督事務所が存在する。

ローリーとバスチオンは執務室で統治計画を立てるとともに、ブレーナー、サンダーは買い出しや情報収集。コモドーはグザール城との連絡係を務め、メーヤーとフリージアは食事の用意や掃除、洗濯に奔走ほんそうした。とくにフリージアの忙しさは目が回るほどであり、ローリーは護衛のグザール騎士から家政婦が務まりそうな女性を紹介してもらう必要があった。

さて、ローリーは机に向かうと、前方にシステムを展開し、そのディスプレイに表示される情報を目で追って行った。


くどいようではあるが、ローリーの特殊能力、システムについて今一度、解説させていただきたい。

システムはローリーにのみ知覚できる、光のディスプレイパネルのような形状で、ローリーの前方の空間に現出する。

ローリーが見聞きした情報は、システムに自動的に記録されて独自のデータベースとして整理される。ローリーは好きな時にその情報を引き出すことが出来る。その操作は主に彼の思考の働きによって行うことが出来る。

例えば、彼は一度出会った人物の特徴などすべて覚えてしまう天才だといわれているが、その理由は、ローリーが出会った人物のデータがすべてシステムに格納されており、その人物に再会した時にはディスプレイに該当する情報がすべて表示されていくからなのである。もっとも、システムはローリーが知覚した情報全てを納めているわけではない。システムに収められた情報には独自の濃淡があり、ローリーが強く意識すれば多くの情報が、ほとんど気に掛けないならば、そのような情報は記録されず引き出すこともできないという事である。

もう一つ、システムには特徴的な用法がある。それはシミュレーション機能である。ローリーはかつて5人組の追手に襲撃された際、システムのシミュレーションによって状況を予測し、部下の騎士に具体的な指示を行った。ローリーが知覚した様々な情報から、システムは精度の高い仮想空間を構築可能であり、そこに様々な条件づけを行う事で複数の異なる結果を観察できる。

ローリーはこの予測機能を活かして、騎士となるための訓練の進捗などを管理していただけでなく、物言わぬ存在、つまり馬やユニコーンと信頼関係を築くことも出来た。

一方でシステムは万能の予測ツールではない。ローリーが知らないこと、知覚していないことについては当然、情報がなく、それを利用することも出来ない。

システムが、コミュニケーションによって社会を形成する人間の世界において、強力な武器である事は論を待たないだろう。


ローリーは当然、このシステムの力を自身の仕事に利用することを思いついた。

まずシステム内に、執事長ハインスから引き継いだ第一管区の財政データが収められた。税収と支出のバランスは、時間経過によって改善するのか、悪化するのか。ローリーは考えうる条件を設定し、シミュレーションの結果を分析し、自己の運営方針を決定した。

グザール領第一管区は歴史的に自由市場型の経済構造を築いた場所である。要は環境を整備し、取引がより活発になれば税収も増加し、収支は上向くはずである。ローリーはバスチオンと話し合いの末、そのような希望的観測を持つに至った。

まずローリーたちは第一管区の顔役たちにあいさつ回りをすることから始めた。

騎士駐屯地からはじめて酒業組合、旅館業組合、商人ギルド、教会など。

グザールは最前線であるため、緊張した雰囲気かと思われたが、意外にも住人の表情は明るく、活気があった。その理由は取引が活発である事や、西方に位置する自由港湾都市じゆうこうわんとしの影響が色濃く出ているためである。自由港湾都市とは、かつてブレイク王室が管理していた港町であるが、現在は貴族の統治領ではなく、敵国であるはずのインスールの商船なども出入りしている、いわば放任主義の権力空白地帯である。

そんなローリーの下に、命令を受け調査に赴いていたブレーナーが戻ってきた。彼は数日間かけて、街でギャングの勢力調査にあたっていた。酒場の店主が、事情説明のために同行していた。

「奴ら、必死で兵隊を集めていますよ。戦争でもおっぱじめるつもりなんですかね」

ローリーらが目指す環境整備とは、ギャングの実効支配を許さぬ、公権力による治安の回復を意味していた。法律と執行、その強制力が、安全に取引できるという信頼を醸成し、それにより取引が活発になるという、まさにブレイク王国がとっている手法である。

「ブレーナー、ギャング集団のおおまかな構成はわかったかい?」

「ええ、第一管区を仕切っている大きな組織は3つ」

テーブル中央に置かれた石板に、ブレーナーが蝋石で図示し始める。コモドーとメーヤーもテーブルによってきた。

「死神団、カラス団、ドラゴン団。そうだな、おやじ?」

隣の酒場の店主はうなずいた。

「この内、死神団とドラゴン団は私設軍隊を有しています。騎士崩れや、逃亡兵が参加してます。その規模も各々3~40名はいますよ。馬こそありませんが、なかなかの規模です。」

ブレーナーの報告に皆、顔を見合わせる。騎士でない者が武装組織を編成することは、グザール公の布告に反する行為である。

「仮に第一管区の治安に介入するとなれば、私設軍隊との戦闘は避けられませんが」

第一管区に常駐している騎士は、飛蝶騎士団も合わせて10名程度。仮に1つの組織の武装構成員を30名と見積もっても、圧倒的に員数が足りず負けている。

かといって、グザールから騎士団を追加で派遣してもらう事は望めない状況である。

「その報告が正しいとすると、ギャングに関しては、放任…ということになってしまうのかな?」

ローリーの幼い貌にしわが寄った。彼は着任早々、大きな壁にぶつかってしまった。ひとまず眼前にシステムのディスプレイを展開する。ふむ、仮に、無傷でギャングを1団、制圧したとしよう…。しかしその後、第一管区の治安を維持していけるほどの人員が存在しない。やはり、飛蝶騎士団だけでは無理な仕事だったのか。

ハインスに正直に話すしかない。まずは追加の騎士を派遣してもらわないことには進みそうもない。そうローリーが思った時、メーヤーが挙手した。

「どうぞ、メーヤー」

「ローリー様。例えばなんですが、ギャングを手なずけてみてはいかがでしょう?ブレイクの遠方の支配地域では、現地のならず者どもを予備役として軍隊に編成してしまうそうですが」

厄介者を味方に引き入れる。これはリスキーな発想である。

「うーん…。僕にそんなことができるかなあ」

ローリーはバスチオンに助けを求めるように、視線を送った。バスチオンが微笑み返す。

「まずは会ってみましょうか。ギャングを仕切っている人物に。協力的であれば、味方として利用できるかもしれません。敵対的であるならば、改めて対応を考えましょう。いかがですかな」

バスチオンは立ち上がって石板を見やった。

「話し合いが可能な組織はこの内どれでしょうか。前任の総督は汚職で更迭されたという事です。おそらく、ギャングともコンタクトを取っていたはずですが。そのルートを使えば、交渉により彼らを上手く御せるかもしれません」

ブレーナーは頷いた。

「おやじさん、前の総督とつるんでいたのは、どのギャングなんだい?わかるか?」

「おそらく、死神団のグィンという男です。賭場とばを仕切っている恐ろしい男ですが、なんというか、義賊を気どるような一面がありましたね」

「カラス団には兵隊は居ないのか?」

「ええ、こいつらは娼館の経営なんかで利益を上げている集団です。半分は商人ギルドの様な。性病が蔓延まんえんし、また結婚秩序を乱すというんで売春行為が禁じられてからは地下に潜ったというだけで、兵隊も抱えていません。だからこいつらは死神団をボディガードのように使っていますよ」

「ドラゴン団は?」

「比較的新しい連中ですよ。逃亡兵が中心になっている武闘派組織です。いたるところでショバ代を要求し、ゆすり、たかりはもちろん、障害事件もよく起こしていますよ。あっ…」

「どうした?なんでもいい。言ってくれ」

「先日、酒場で殺人がありました。どうもドラゴン団の奴らの仕業という事です」

ブレーナーはローリーを見やった。

「うーん…それなら、まずは死神団のグィンという男を当たってみようかな。正直、気乗りしないけど、でもこれは僕の仕事だし」

「ローリー様、ご安心下せえ。ローリー様の身の安全は、あっしらが命に代えてもお守りするでがす」

「ありがとう、みんな。心強いよ!」

ローリーは笑顔で皆を見回した。しかし、その心は不安でいっぱいであった。

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