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第8話 夜明けの襲撃、後編

日の出前、その静寂を引き裂いて、馬車道で激しい駆け引きが続く。

馬を射られれば、全てが終わる。サンダーはともかく最後尾の馬車を盾にしようと、速度を上げる。凄まじいスピードで、追走劇が繰り広げられていた。このままでは、馬の体力が保たない。ましてや、馬車はスピードを上げることが難しい。もしローリーらが速度を落として、包囲されれば、飛び道具で容易に制圧されてしまうだろう。敵はかなり訓練された兵士である。状況はどんどん悪化していった。

森の道は悪路であり、しだいに狭隘きょうあいになっていく。敵の狙いはこれだったのか。この襲撃は、計画されたものなのか。

サンダーは、はっきりと恐怖を覚えた。馬が疲労で止まってしまえば、馬車に乗り込んで、それを盾にしながら戦うしかない。

速度を上げて、最後尾の馬車に接近するサンダー。ふと、隣の御者席を見ると、そこにはバスチオンではなく、ローリーが座っていた。

「ローリー様!?いつのまに?」

驚くサンダー。ローリーの乗騎であるユニコーンは、無人で先頭を走っていた。

「サンダー、前に出て下さい!これで道を塞ぎますから!」

サンダーは、ローリーの言わんとすることの意味が分からなかった。

ローリーは小剣を抜くと、馬車と馬たちを繋いでいる鉄製の結合部品、それを縛っている太い縄を手早く斬り始めた。

切れ目を入れると縄はみるみる細くなり、馬と馬車が切り離されようとしている。タイミングを合わせて、ローリーは素早く、鞍もあぶみもない馬に飛び乗った!

「ローリー様!」

走っている馬に飛びつくなど、自殺行為に等しい。しかしローリーはそれをやって見せたのだった。その時、サンダーはローリーの考えをとっさに理解して、スピードを上げた。

馬と完全に切り離された荷引き馬車は、ガクンと大きく傾いて、横向きに滑り出し、荷物を乗せたまま敵に突っ込んでいく。いや、正確に表現するならば、敵騎手たちは道を塞いでしまった馬車に突っ込んで行った!

2頭の馬が馬車に激突し、つんのめるように転倒する。後方の騎手は慌てて回避しようとするが、間に合わず、さらに1頭が突っ込んでいく。大事故である。

「ローリー様、なんとご無体な!」

ローリーに並走しながらサンダーが話しかける。ローリーを助けようにも手が出せない状態である。

「サンダー、このまま森を抜けよう!君が先頭に立ってくれ。僕なら大丈夫!」

サンダーは馬の首にしがみつくローリーの身を案じたが、ともかく、森を抜ける事にした。馬の速度を緩めると前後の揺れが収まり、サンダーも太腿の力を抜いた。辛くも敵を封じたが、大弓を持った騎兵が追って来ては一巻の終わりである。馬たちは滝のように汗をかいていたが、まだなんとか走れそうだ。ともかく、見晴らしの良い場所に出なければ。

「かしこまりました!ローリー様、ご無事で!」

サンダーは他の騎士らと合流し、馬車を先導する。

ローリー様は、瞬時に状況を把握し、不利な状況を逆手にとって、逆転の一手を指されたのだ。なんと言うお方だろう。サンダーは身をもって、ローリーが神童と評される理由を知った。

この襲撃で食料品を積んだ最後尾の馬車を投棄してしまった。そのうえ、馬にだいぶ無理をさせてしまったため、予定を変更しなければならない。それに、ローリーは鞍にまたがっておらず危険な状態である。

森を抜けると、広大な麦畑に出る。馬車が速度を落とし、ローリーの周囲に騎士たちが集まる。馬車から切り離された2頭の無人の馬が、前方に走り去っていく。その後ろを、同様に主のいない星の光号が追って行った。

「集まれ!」

コモドーが号令をかけると、3名の騎士が馬から降りて集合した。馬たちは鼻息荒く、その首が汗に濡れてキラキラと輝いている。

「戦闘配置、密集陣形!」

掛け声とともに、騎士たちは先頭の馬車から急いで木製の盾と槍を持ち出して、再びローリーの周囲に集まった。森の方角を見据えている。追手を警戒しているのだ。

「すみません、バスチオン様、足が、震えて」

バスチオンがメイドのフリージアを抱いて、ゆっくりと馬車から降ろした。

バスチオンはいかようにしてか、ローリーと交代し2台目の馬車に乗り込んでいたのだった。襲撃にも動じず、落ち着き払っている。

「パット殿。糧食が駄目になってしまいましたな。周辺の農場主に知己はおありかな?」

「ここはいまだモンテス領でございます。しかし、この先にモルスという地主の館がございます。ひとまずそこへ」

「ふむ。それがよろしいでしょう。少し馬を休ませましょうか。コモドー!」

老騎士はうなずいた。

「わかれ!」

号令とともに騎士たちは戦闘配置を解いて、再び馬車に武器を納め始めた。

「ブレーナー、メーヤー、馬を連れて水を与えてください。あそこに用水路が見えます」

「かしこまりました、ローリー様」

ローリーはふと、自身の手足が震えているのに気づいた。今思い返せば、かなり無茶な芸当をやってのけたと思う。それ以上に、ローリーの部下の騎士たちは命をかけて戦ってくれたと感じた。彼らはローリーの作戦実行のための、時を稼いだのだ。老コモドー、皮肉屋ブレーナー、柔和なメイヤーに、無口なサンダー。誰も皆、ローリーが騎士になる以前から稽古をつけてくれるなどした、古い友人たちである。よい部下を選んでくれたと、ローリーは父に感謝した。そして改めて、部下のためにも飛蝶騎士団長として、己を高めなければならないと、心に念じたのであった。

追手がやってくる気配はない。きっとローリーの意表を突く作戦に大きな損害を被ったことだろう。


さて、ローリーらのはるか後方。森の中では追手たちが態勢の立て直しを図っていた。

大剣を扱っていたジェンスは馬車に激突した瞬間、武器を捨てて受け身を取った。奇跡的に無傷である。ゆっくりと破壊された馬車に近づく。衝突を免れた2名の仲間が、必死に馬をなだめていた。3頭の馬が使い物にならなくなっていた。仲間を探すと、1名が馬の下敷きになって呻いている。

「オーソス…くそっ…なんてこった」

「ジェンス、ダメだ。馬の野郎がのっかってきやがった。俺はもうだめだ」

ジェンスが周囲を見渡すと、即死したらしい二頭の馬の側に、もう1名の仲間が、頭を地面に突っ込むように倒れていた。

「トードス、おい!」

ジェンスが脇を抱えて仲間を抱き起すと、その頭がぶらりと胸まで落ちて揺れた。即死である。

「ジェンス、ジェンス」

足を折った仲間が呻いている。馬から引きずり出そうとするが、動かない。その両足は無残にも開放骨折しているようだ。

「死にたくねえ、俺は死にたくねえんだ」

「痛むか?兄弟?」

オーソスは泣きながら首を横に振った。

「助けてくれ、兄弟」

肉体の苦痛は常に、そしてあっさりと人間の尊厳を奪い取ってしまう。ジェンスはかつて戦場でそんな場面を何度も目にしてきた。そのうちに耐えがたい痛みがオーソスを襲うことだろう。

ジェンスは、上半身を起こして子どものように泣きじゃくるオーソスの鎧を脱がせてやった。

「やめてくれ、兄弟。やるのかい?俺をやるのかい?」

オーソスをやさしく寝かせてやり、シャツを開放して胸をはだけさせる。

「先にあの世で待っててくれ。俺もすぐに行く」

ジェンスは短刀を取り出すと、素早くオーソスにとどめを刺してやった。血が噴水のようにほとばしって、ジェンスを濡らした。

「リーダー…」

馬に乗った2人の仲間が、近づいてくる。

「高くついたぜ。ローリー・モンテス」

ジェンスはそうひとりごちて、顔の血をマントでぬぐった。2人の仲間を顧みるリーダー。

「ゲインズ、バルトリス。足がかりになるようなものは消していくぞ。仕事は終わりだ」

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