ローリー率いる第十三分団、飛蝶騎士団は、三台の馬車を伴って夜明けのモンテス城を出立した。
先頭、騎士のマントを身に付け馬上の人となったローリーが行く。少年は父からの信書を携え、グザール領に赴く。
モンテスとグザールは隣り合った領地を有しているとはいえ、その道程は決して短いものではない。
ローリーの乗騎はユニコーン、星の光号である。
モンテス城にて飼育されているユニコーンは五騎のみ。残りの乗騎は全て馬である。
ユニコーンに乗った騎士は、領主にとってのステータスシンボルである。ブレイク王国で、これだけの数のユニコーンを飼育している貴族は他にないからである。
軍事に精通するグザール家はユニコーンを飼いならす技術を有しており、モンテス家とグザール家が姻族となり強い協調関係を築いたとき、ユニコーンがモンテス城に贈られたのであった。
ローリーは幼少から、物言わぬ動物たちと心を通わせている、という噂がモンテスでは広まっていた。彼は実のところ、システムの働きを通して、野生動物の外見的特徴などからコンディションや、精神状態を見抜いていたのだ。
気性が激しく、特に男性に対しては攻撃的であるユニコーンがローリーには心を許しているのは、そのような事情があるからである。
先頭をゆくローリーの両側に護衛である騎士2名。そしてローリーを挟むように後方に2名。その後をそれぞれ、パット、パットの部下である若い御者、バスチオンが操縦する3台の荷運び馬車が追う。
案内役はパットが務める。御者席のパットの隣に、若いメイドも1名乗り込んでいる。
グザール領へと旅立つローリーのために、ヤグリスは周辺の地理に明るいパットに同行を命じていた。
むき出しの地肌ではあるものの、踏み固められた街道が森林を避けるように一部蛇行しながらグザール領へと続いている。
ユニコーンに騎乗したローリーの左半身を、昇り始めた朝日が
夜明けの街道にはまだ牛馬の姿もなく、人通りもほとんどない。遠くの平原に牧童が羊の群れに草を食ませている。ローリーの道行きは何の問題もないと思われた。
馬を走らせて三十分ほど経った頃、騎士たちは背後から響く、駆け足特有の規則的な音を感じた。
ローリーら一行の背後から、泥をはね上げながら複数の騎影が迫ってきているのである。
灰色のフード付きマントに身を包んだ5騎の乗り手である。
一直線に並び、ぐんぐんと距離を詰めてくる。モンテス城の方角から追いついてきたようだ。
おそらく使いの馬であろう…だが、その期待はすぐに裏切られることになった。
よく見れば先頭の一名は、抜き身の長剣を構えている。その背後には
「ローリー様!武装した騎兵が迫っています!」
ローリーの後ろを走る騎士が、速度を落として馬車の後方について、後ろを顧みる。
メーヤーは危険を感じ、呼び笛で全員に合図した。鋭い音が響き、一向に緊張が走る。
「何者だ!名乗れ!」
老騎士コモドーが叫んだ。返答はない。
「いかん!サンダー、賊じゃ!きゃつらの馬を止めろ!」
ローリーは異変を察知した。仮に自分が狙われているとすれば、逃げ切らなければならない。部下の4名の騎士を、今は信じるしかない。
「パット、このまま案内を頼みます。メーヤーは僕に随行してください。ブレーナー!コモドーを頼みます!」
ブレーナーはいつもの皮肉っぽい笑みを浮かべた。任せろ、と言いたげに。そして速度を落として隊列の後方に下がっていく。
「ローリー様!お供いたします!」眼鏡のメーヤーが答える。
ローリーらと馬車は、森林に入った。敵はこれを計算に入れていたのだろうか。夜明けの森は薄暗く、人目などほとんどない。
小剣を抜いたコモドーは、勇敢にも大弓を手にした騎兵に急接近していく。もし馬同士がぶつかれば、馬上の二名とも命を落としかねない。
敵の騎兵はあわてて弓を持ち替えると抜剣し、距離を取ろうとスピードを緩める。その時、大槌を持った騎兵が反対側から、最後尾の荷運び馬車の左車輪を打ち据えた。
衝撃で馬車が揺れる。御者であるバスチオンは慌てることなく、しっかりと手綱を操っている。大槌の騎兵はうまくバランスをとって、もう一撃加えようとしている。かなり修練を積んだ騎士らしい。
そこに大柄の騎士、サンダーが接近していく。後方の敵騎兵はなおも
ローリーは後方を確認した。最悪の事態。襲撃を受けていると状況を察知する。ローリーの右側、眼前、空中に発光するシステムのディスプレイが現れる。画面にはローリーらと、馬車、それに謎の騎兵らの位置関係が示され、状況が刻々と変化していく。システムは
「サンダー!騎馬の所属を確認して下さい。応答がない様なら、攻撃して構いません!」
サンダーはローリーの命に頷き、最後尾の老騎士に合流しようと速度を緩める。
敵はただの盗賊などでは断じてない。ローリーは敵の装備、身のこなしから直感的に判断した。父が治めるモンテス領で、一体誰が自分に攻撃を加えようとしているのか。それは一考に値する問題だが、考察も命あってのものである。ローリーはまずは襲撃者を退けることに集中した。
「パット、速度を上げます。敵襲です!」
「敵襲!?了解致しました!」
速度を上げると馬車が激しく揺れ始め、メイドが小さく悲鳴を上げてパットにしがみついた。
サンダーは老騎士と目を合わせると、なおも速度を緩め、謎の騎兵に接近する。
「名乗れ、何者だ!モンテス公のご子息、ローリー様の一行と知っての事か!?」
返答はない。フードの下の顔は、布で覆われていた。
敵が馬を寄せて来る。右肩に担いだ長剣は、本来両手で扱う重量のある武器である。上下左右に揺れる馬上で、剣を担ぎ手綱を握った姿勢を維持できるという事は、騎士として修練を積んだ者の、
サンダーは無言で馬上の騎士に斬り掛かる。敵は斬撃を紙一重で交わして、肩を支点に長剣を
「ローリー様!敵は大弓を構えています!」
叫ぶサンダー。距離を詰めようにも、剣を構えた騎兵が前方を守っている。危険な状況であった。
「貴様ら!名乗らぬか!モンテス公の騎馬隊と知っての狼藉か!」
普段は無口なサンダーが吠える。飛蝶騎士団も大弓を扱うが、それらは馬車に積んでしまってある。そもそも、モンテス領でこの様な襲撃を受けるとは、誰一人想像していなかった。
戦いのイニシアチブは、追手が有していた。