ある夜、ローリーは突然、父から呼び出しを受けた。今までにないことであった。ローリーは覚醒の儀式以来、父と会えずにいたのだ。
使いの者と一緒に城内を歩いていくローリー。聖職者たちはすでに帰宅しており、騎士は当番の者のみが残り、城の中は召使たちが清掃や雑務に忙しく動き回るのみである。
父は騎士の宴会場兼、
そこには父と、バスチオン、それに母の侍従であるパット。さらに4人の騎士が控えていた。
モンテス八世はローリーを認めると、穏やかな表情で言った。
「ローリーよ。よい騎士となったな。お前のために宴席を設けるという約束を違えて、すまぬ」
「お父さん、僕は…」
父にいっぱい言いたいことがあった。今までの感謝。そして、儀式の失敗。しかし、胸に詰まった言葉は一つとして出て行かなかった。
「ローリー。パットの案内でグザールに向かうのだ。グザール公がお前の世話をしてくれるはずだ」
父は手紙を取り出してローリーに渡した。
「これを御じい様に渡すように。私からの信書だ」
突然の話であった。ローリーはかつて、母に伴われてグザール領へと赴いたことがある。その時もパットが同行し、案内していた。パットはバスチオンと同じくらいの齢と見える、白髪をカールさせて整え、眼鏡をかけた真面目そうな男である。騎士ではないため乗馬や戦闘は務まらないが、几帳面で計算に強く、達筆であるため、政治の場ではよきサポート役を務めている。ヤグリスは無口であるが実直なパットを重用していた。
「父さん、グザールへは、いつ頃?」
「明日の朝だ。夜明けとともに出発するのだ。早すぎるか?」
「明日ですか?」
父は頷いた。ローリーは父が
「彼らが同行してくれるのですね?」
ローリーは休めの姿勢で横に並んだ男性騎士たちを見やった。身分の高い列の右から紹介する。
老騎士コモドー。かつては小作農の身分であったが、武勲をたてたため騎士となって、モンテスに忠誠を尽くしている。ローリーの覚醒の儀式で捕虜を葬ったのは、彼であった。
ブレーナー。やせ形でどことなく
メーヤー。太った中年の騎士で、眼鏡をかけた柔和な性格の騎士である。妻と子がおり、彼も以前は小作農であった。
最後にサンダー。最も若く、鍛え上げられた
「この者たちはこれより、お前の部下である。ローリー・モンテスよ。貴殿にモンテス騎士団、第十三分団、
モンテス八世がコモドーに目くばせする。
「分団長に、かしら、そろえっ!」
コモドーの号令とともに、騎士らはローリーに視線を送り右腕をVの字に曲げて拳を左胸に当てた。ブレイク王国の敬礼である。バスチオンとパットが拍手を送る。ローリーは胸がいっぱいになった。
「お父さん、いえ、陛下、ご期待に添えますよう、尽力します」
ローリーもまた父に敬礼する。頷くモンテス八世。ローリーに赤い騎士のマントが手渡された。モンテス八世がバスチオンを伴って、館を出ていく。ローリーは、自身に秘密の命令が下されたことを知った。理由も、任務の先行きもわからぬが、今はただ、騎士として、分団長として使命を果たすだけだ。チョッキの内ポケットに信書をしまうと、四人の騎士が周囲に集まってきた。
「ローリー様!このおいぼれ、どこまでもお供しやす!」
「よろしく頼みます、分団長」
「ローリー様、お守りいたします」
「ありがとう、みんな。ありがとう、頼むよ。パットさん、早いですが、道案内よろしくお願いします」
パットは頷いた。
「馬車の手配は済んでございます。ご内密の出立ですから、夜明けとともに南門から参りましょう」
「では解散とする。明朝、夜明けはおそらく四時半ころか。四時半に南門に集合。別れた後各自準備をすませましょう」
ローリーは初めての命令を下す。部下一同、敬礼、散開。
騎士達は各々、
ローリーも皆と違う厩舎に向かっていく。そこには特別な動物が飼育されていた。長い一本角を額から生やした馬、幻獣ユニコーンである。
ローリーのユニコーンは、主人を見つけると木の柵越しに顔を近づけてきた。
「星の光号、旅の供をたのむよ」
ユニコーンの一本角は燐光を発しており、薄暗い厩舎でぼんやりと光っている。この角に薬効があると信じられ、ユニコーンは人間に狩られた歴史もあるが、今やそれは迷信であるとされ、気性の荒さから乗騎とするものもいなかった。しかし、ローリーはシステムの力で、あらゆる生物のコンデションを的確に把握し、そこから精神状態を分析するなどして疑似コミュニケーションを図ることが可能であった。
星の光号のたてがみを撫でてやるローリー。ユニコーンは、一度心を許した相手には、地獄の底まで付き従うという言い伝えがある。
星の光号は銀のたてがみに長いまつ毛の瞳が優し気な、若い
空は雲が出ているようで、星灯がまばらに見えるのみである。明朝、雨が降らぬことを祈るばかりだ。
5月の夜明けは早い。場合によっては暗いうちの出立であったが、まだ7時間ほどある。ローリーは身支度を整えてから身を清め、就寝した。
騎士を伴ってグザールに赴く、ということは、おそらく治安の悪化している管区の警備などが、ローリーに与えられる使命なのであろう。
ローリーはシステムの力で簡単な状況予測なども行っていたが、この時は、自身が出立後まもなく襲撃を受けるなどとは、想像もできなかった。
さて、場面は変わって、ここはとある街道筋の酒場である。
4名の男女が酒食を共にしていた。彼らは店の隅でできるだけ目立たないようにしているのだろうが、冒険団風の格好であり、明らかに武器が包んであろう布袋を壁際に並べてある。余談であるが、商人ギルドの取り決めで、酒場には武器の持ち込みが禁止されており、それは例え街道筋の店であっても同様である。
冒険団とは、たいていの場合退任した騎士や、兵士などが結成する傭兵集団を指す。ブレイク王国は海路、陸路などを使って未開地から資源を得ている。そのための調査や、物資運搬に同行するのが冒険団である。金次第では暗殺者のような働きもする冒険団は、人々から恐れられ、忌み嫌われていた。騎士たちと冒険団は互いを
「やけに慎重な野郎ですね。リーダー」
呼びかけられた灰色の髪の男は、灰色のマントをくるんで足元に置いた。リーダーは依頼者の男とどこかで落ち合っていたらしい。
「ターゲットは明日の明け方に城を出るらしい。馬をつなげる宿はとってあるから、夜明け前に出発だ」
「ひと雨きそうだよ。ジェンス」
栗色の肩まであるウェーブヘアの女性が、リーダーに話しかけた。するとリーダーは4人の仲間たちを見回した。声を潜めるから、顔を近づけろ、というようなしぐさである。
「どうも、やばい仕事のようだ。とにかく、ターゲットを絶対に傷つけてはならない。これを破れば、俺たちが逆に命を狙われる」
隣にかけた黒い長髪の男が、にこにことリーダーを見やった。
「でも騎士の一匹位、やっつけていいんでしょう?」
リーダーは頷いた。
「やつらはターゲットを守ろうと必死に向かってくる恐れがある。まぁ、大弓を見て逃げ出してくれればいいんだが。こちらに向かってくることもあるだろう」
「とにかく、馬車を一台くらいぶっ壊して、それで散開して、後で落ち合う。そうですね?リーダー」
「大した仕事じゃねえな。こんなに割のいい仕事は、俺ぁ初めてだ」
「神童って言われてる貴族の坊ちゃんかぁ。一度会ってお話し、してみたいわぁ」
「バルトリス。この世界で生き残りたかったら、余計なおしゃべりは無しだ」
5名は杯を置き、荷物をまとめると、馬にまたがり静かに酒場を後にした。表に出ると空は雨雲をはらんで、ランタンなしには歩けない闇夜であった。