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第6話 飛蝶騎士団、結成

ある夜、ローリーは突然、父から呼び出しを受けた。今までにないことであった。ローリーは覚醒の儀式以来、父と会えずにいたのだ。

使いの者と一緒に城内を歩いていくローリー。聖職者たちはすでに帰宅しており、騎士は当番の者のみが残り、城の中は召使たちが清掃や雑務に忙しく動き回るのみである。

父は騎士の宴会場兼、迎賓館げいひんかんでもある、別棟で待っていた。ローリーは訓練場を抜けると南門の近くにある二階建ての屋敷に入っていった。

そこには父と、バスチオン、それに母の侍従であるパット。さらに4人の騎士が控えていた。

モンテス八世はローリーを認めると、穏やかな表情で言った。

「ローリーよ。よい騎士となったな。お前のために宴席を設けるという約束を違えて、すまぬ」

「お父さん、僕は…」

父にいっぱい言いたいことがあった。今までの感謝。そして、儀式の失敗。しかし、胸に詰まった言葉は一つとして出て行かなかった。

「ローリー。パットの案内でグザールに向かうのだ。グザール公がお前の世話をしてくれるはずだ」

父は手紙を取り出してローリーに渡した。ろうでモンテス公の封印が施されている。

「これを御じい様に渡すように。私からの信書だ」

突然の話であった。ローリーはかつて、母に伴われてグザール領へと赴いたことがある。その時もパットが同行し、案内していた。パットはバスチオンと同じくらいの齢と見える、白髪をカールさせて整え、眼鏡をかけた真面目そうな男である。騎士ではないため乗馬や戦闘は務まらないが、几帳面で計算に強く、達筆であるため、政治の場ではよきサポート役を務めている。ヤグリスは無口であるが実直なパットを重用していた。

「父さん、グザールへは、いつ頃?」

「明日の朝だ。夜明けとともに出発するのだ。早すぎるか?」

「明日ですか?」

父は頷いた。ローリーは父が熟慮断行じゅくりょだんこうする政治家であると知っていた。それゆえ、常に黙って従っていた。しかし、明朝というのはあまりに時がない。この計画は秘密裏ひみつりに進められてきたようであった。

「彼らが同行してくれるのですね?」

ローリーは休めの姿勢で横に並んだ男性騎士たちを見やった。身分の高い列の右から紹介する。

老騎士コモドー。かつては小作農の身分であったが、武勲をたてたため騎士となって、モンテスに忠誠を尽くしている。ローリーの覚醒の儀式で捕虜を葬ったのは、彼であった。

ブレーナー。やせ形でどことなく冷笑家れいしょうかの雰囲気のある騎士で、独身。諜報活動などを担当することが多い。

メーヤー。太った中年の騎士で、眼鏡をかけた柔和な性格の騎士である。妻と子がおり、彼も以前は小作農であった。

最後にサンダー。最も若く、鍛え上げられた体躯たいくを有する。無口であるが、忠実な騎士である。

「この者たちはこれより、お前の部下である。ローリー・モンテスよ。貴殿にモンテス騎士団、第十三分団、飛蝶ひちょう騎士団長を命ずる」

モンテス八世がコモドーに目くばせする。

「分団長に、かしら、そろえっ!」

コモドーの号令とともに、騎士らはローリーに視線を送り右腕をVの字に曲げて拳を左胸に当てた。ブレイク王国の敬礼である。バスチオンとパットが拍手を送る。ローリーは胸がいっぱいになった。

「お父さん、いえ、陛下、ご期待に添えますよう、尽力します」

ローリーもまた父に敬礼する。頷くモンテス八世。ローリーに赤い騎士のマントが手渡された。モンテス八世がバスチオンを伴って、館を出ていく。ローリーは、自身に秘密の命令が下されたことを知った。理由も、任務の先行きもわからぬが、今はただ、騎士として、分団長として使命を果たすだけだ。チョッキの内ポケットに信書をしまうと、四人の騎士が周囲に集まってきた。

「ローリー様!このおいぼれ、どこまでもお供しやす!」

「よろしく頼みます、分団長」

「ローリー様、お守りいたします」

「ありがとう、みんな。ありがとう、頼むよ。パットさん、早いですが、道案内よろしくお願いします」

パットは頷いた。

「馬車の手配は済んでございます。ご内密の出立ですから、夜明けとともに南門から参りましょう」

「では解散とする。明朝、夜明けはおそらく四時半ころか。四時半に南門に集合。別れた後各自準備をすませましょう」

ローリーは初めての命令を下す。部下一同、敬礼、散開。

騎士達は各々、厩舎きゅうしゃに向かって行った。グザールへは馬でも一日以上かかってしまう。馬の体調管理は重要な課題であった。

ローリーも皆と違う厩舎に向かっていく。そこには特別な動物が飼育されていた。長い一本角を額から生やした馬、幻獣ユニコーンである。

ローリーのユニコーンは、主人を見つけると木の柵越しに顔を近づけてきた。

「星の光号、旅の供をたのむよ」

ユニコーンの一本角は燐光を発しており、薄暗い厩舎でぼんやりと光っている。この角に薬効があると信じられ、ユニコーンは人間に狩られた歴史もあるが、今やそれは迷信であるとされ、気性の荒さから乗騎とするものもいなかった。しかし、ローリーはシステムの力で、あらゆる生物のコンデションを的確に把握し、そこから精神状態を分析するなどして疑似コミュニケーションを図ることが可能であった。

星の光号のたてがみを撫でてやるローリー。ユニコーンは、一度心を許した相手には、地獄の底まで付き従うという言い伝えがある。

星の光号は銀のたてがみに長いまつ毛の瞳が優し気な、若い牡馬おうまである。ローリーが水を足してやり、飼い葉桶に砕いた穀物をまぜ入れてやると、愛馬は鼻を鳴らして食べ始めた。

空は雲が出ているようで、星灯がまばらに見えるのみである。明朝、雨が降らぬことを祈るばかりだ。

5月の夜明けは早い。場合によっては暗いうちの出立であったが、まだ7時間ほどある。ローリーは身支度を整えてから身を清め、就寝した。

騎士を伴ってグザールに赴く、ということは、おそらく治安の悪化している管区の警備などが、ローリーに与えられる使命なのであろう。

ローリーはシステムの力で簡単な状況予測なども行っていたが、この時は、自身が出立後まもなく襲撃を受けるなどとは、想像もできなかった。


さて、場面は変わって、ここはとある街道筋の酒場である。

4名の男女が酒食を共にしていた。彼らは店の隅でできるだけ目立たないようにしているのだろうが、冒険団風の格好であり、明らかに武器が包んであろう布袋を壁際に並べてある。余談であるが、商人ギルドの取り決めで、酒場には武器の持ち込みが禁止されており、それは例え街道筋の店であっても同様である。

冒険団とは、たいていの場合退任した騎士や、兵士などが結成する傭兵集団を指す。ブレイク王国は海路、陸路などを使って未開地から資源を得ている。そのための調査や、物資運搬に同行するのが冒険団である。金次第では暗殺者のような働きもする冒険団は、人々から恐れられ、忌み嫌われていた。騎士たちと冒険団は互いを軽蔑けいべつしあう関係であったが、ブレイク王国は戦力不足を補ううえで冒険団を頼りにし、冒険団ギルドと深い関係を持っていた。4名が酒を飲んでいると、もう一人、灰色のマントをかけた男がテーブルに着いた。

「やけに慎重な野郎ですね。リーダー」

呼びかけられた灰色の髪の男は、灰色のマントをくるんで足元に置いた。リーダーは依頼者の男とどこかで落ち合っていたらしい。

「ターゲットは明日の明け方に城を出るらしい。馬をつなげる宿はとってあるから、夜明け前に出発だ」

「ひと雨きそうだよ。ジェンス」

栗色の肩まであるウェーブヘアの女性が、リーダーに話しかけた。するとリーダーは4人の仲間たちを見回した。声を潜めるから、顔を近づけろ、というようなしぐさである。

「どうも、やばい仕事のようだ。とにかく、ターゲットを絶対に傷つけてはならない。これを破れば、俺たちが逆に命を狙われる」

隣にかけた黒い長髪の男が、にこにことリーダーを見やった。

「でも騎士の一匹位、やっつけていいんでしょう?」

リーダーは頷いた。

「やつらはターゲットを守ろうと必死に向かってくる恐れがある。まぁ、大弓を見て逃げ出してくれればいいんだが。こちらに向かってくることもあるだろう」

「とにかく、馬車を一台くらいぶっ壊して、それで散開して、後で落ち合う。そうですね?リーダー」

「大した仕事じゃねえな。こんなに割のいい仕事は、俺ぁ初めてだ」

「神童って言われてる貴族の坊ちゃんかぁ。一度会ってお話し、してみたいわぁ」

「バルトリス。この世界で生き残りたかったら、余計なおしゃべりは無しだ」

5名は杯を置き、荷物をまとめると、馬にまたがり静かに酒場を後にした。表に出ると空は雨雲をはらんで、ランタンなしには歩けない闇夜であった。

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